オリンピックやワールドカップなどの国際大会で、試合や表彰式の前に各国の国歌が流れます。ドイツ代表の試合を見ていて、ドイツ国歌を聞いたことがある人も多いと思います。でも実は、私たちが耳にしている歌詞は「3番」なんです。1番と2番は一体どこへ?

今回はドイツ国歌に関して詳しくみていきましょう。
ドイツでは「Lied der Deutschen」の3番だけが現在の国歌
現在のドイツ国歌は、「Lied der Deutschen(ドイツ人の歌)」の3番のみです。ドイツ政府も、現在の国歌は3番であり、1952年以降その形で使われ、1991年の再統一後にも確認されたと説明しています。
歌詞と日本語訳
ドイツ語
Einigkeit und Recht und Freiheit
für das deutsche Vaterland!
Danach lasst uns alle streben
brüderlich mit Herz und Hand!
Einigkeit und Recht und Freiheit
sind des Glückes Unterpfand;
blüh im Glanze dieses Glückes,
blühe, deutsches Vaterland!
日本語訳
統一と正義と自由を、
ドイツの祖国のために!
そのために、私たちは皆で努めよう。
兄弟のように、心と手を合わせて!
統一と正義と自由は、
幸福の証である。
この幸福の輝きの中で咲き誇れ、
咲き誇れ、ドイツの祖国よ!
実際に聴いてみましょう
一緒に歌ってみましょう
| ドイツ語 | カタカナ読み |
|---|---|
| Einigkeit und Recht und Freiheit | アイニヒカイト・ウント・レヒト・ウント・フライハイト |
| für das deutsche Vaterland! | フュア・ダス・ドイチェ・ファーターラント! |
| Danach lasst uns alle streben | ダナーハ・ラスト・ウンス・アレ・シュトレーベン |
| brüderlich mit Herz und Hand! | ブリューダリヒ・ミット・ヘルツ・ウント・ハント! |
| Einigkeit und Recht und Freiheit | アイニヒカイト・ウント・レヒト・ウント・フライハイト |
| sind des Glückes Unterpfand; | ズィント・デス・グリュッケス・ウンタープファント |
| blüh im Glanze dieses Glückes, | ブリュー・イム・グランツェ・ディーゼス・グリュッケス |
| blühe, deutsches Vaterland! | ブリューエ・ドイチェス・ファーターラント! |
なぜ1番と2番は現在の国歌ではないのか
1番が歌われない理由
1番が歌われない一番の理由は、冒頭に出てくる “Deutschland, Deutschland über alles” が、ナチ時代に強く利用されたためです。
もともと1841年に歌詞が書かれた時点では、「Deutschland über alles =ドイツが他より上」という意味ではなく、「(当時バラバラだった)ドイツ諸邦の個別性よりも、ドイツ全体の統一を優先しよう」という文脈でした。ところがナチスがこの1番を宣伝に利用し、とくに侵略戦争の正当化と結びつけたため、戦後ドイツでは非常に扱いにくい歌詞になりました。ドイツ政府も、ナチスが特に1番を「征服戦争の正当化」のために悪用したと説明しています。
詳しくは、ドイツ連邦政府による国歌の公式解説をご確認ください。
2番が歌われない理由
2番が現在のドイツ国歌ではない理由は、1番のように強く危険視されているからではありません。主な理由は、その内容が現在の国歌にふさわしい中心理念ではないためです。
2番は、ドイツの女性、忠誠、ワイン、歌をたたえる内容になっています。「統一・正義・自由」を掲げる3番に比べると、現在のドイツ国家を代表する歌詞としては合わないため、現在の正式な国歌にはなっていません。
Lied der Deutschen(ドイツ人の歌)の変遷
1841年
「Lied der Deutschen(ドイツ人の歌)」の歌詞が書かれました。この時点では、国歌ではなく、ドイツ統一を願う歌です。作詞、アウグスト・ハインリヒ・ホフマン・フォン・ファラースレーベン(1798–1874)。曲は、ヨーゼフ・ハイドン(1732–1809)が生前に作曲したものが使われました。
1922年・ワイマール共和国
ライヒ大統領フリードリヒ・エーベルトが、「Lied der Deutschen」をドイツの国歌として公に宣言しました。
ナチ時代
「Lied der Deutschen」は国歌として使われ続けましたが、とくに1番が利用され、公式の場では1番とナチ党歌「Horst-Wessel-Lied」が組み合わされました。連邦議会も、ナチスが1番を拡張主義的な戦争目的の正当化に悪用したと説明しています。
戦後〜1952年の西ドイツ
西ドイツ建国直後は、しばらく正式な国歌がはっきり定まっていませんでした。1952年にハイス大統領とアデナウアー首相の書簡のやり取りで、「Lied der Deutschen」 が西ドイツの国歌として認められ、公式の場では3番だけを歌うことになりました。
1991年、再統一後
ヴァイツゼッカー大統領とコール首相の書簡で、再統一後のドイツ連邦共和国の国歌は「Lied der Deutschen」の第3番である、と確認されました。連邦政府も、現在の国歌は第3番で、1991年8月の書簡によって定められたと説明しています。
ドイツ国歌を変えるべきという意見はあるのか?
国歌を変える提案
3番の歌詞は、「統一・正義・自由」という現在のドイツにも通じる理念を歌っています。一方で、Vaterland(父なる祖国)や brüderlich mit Herz und Hand(兄弟のように、心と手を合わせて)など、19世紀的な表現も残っています。そのため、ドイツでも国歌の歌詞や、国歌そのものを変えるべきだという提案が出たことがあります。
歌詞を少しだけ変える案
2018年には、Vaterland を Heimatland に、brüderlich mit Herz und Hand を couragiert mit Herz und Hand に変えてはどうか、という案が出されました。古い男性中心的な表現を、よりジェンダー中立的にしようという考えです。
ただし、この案には大きな反発もあり、当時のメルケル首相も変更の必要はないという立場でした。
国歌そのものを別の歌に変える案
2025年には、ドイツの政治家ボド・ラメロウ(Bodo Ramelow)が、ベルトルト・ブレヒトの「Kinderhymne(子どもの賛歌)」を新しい国歌にしてはどうか、という案を出しましたが、79%が新しい国歌に反対という調査結果が出ました。
このように、ドイツでも国歌を変えるべきだという意見はありますが、現在のところは、3番の歌詞をそのまま国歌として残す考えの方が多数派です。
おわりに
国歌は、何気なく聞いているだけでは分からない歴史を背負っていることがあります。ドイツ国歌も、なぜ3番だけが歌われるのかを知ると、戦後ドイツが過去と向き合いながら、現在の形を選んできたことが見えてきます。

次にドイツ国歌を聞く機会があれば、ぜひ歌の背景にも少し注目してみてくださいね。
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