第1回【ヴェニスに死す】|題名は知ってるドイツ語文学

『ヴェニスに死す』イメージ画像 ドイツ文学と翻訳
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『ヴェニスに死す』は、作家トーマス・マンによって1912年に発表された中編小説です。ルキノ・ヴィスコンティ監督による映画版でも広く知られ、タジオを演じたビョルン・アンドレセンの美少年ぶりは大きな話題になりました。

まいん
まいん

「題名は知ってるドイツ語文学」第1回は、その『ヴェニスに死す』をネタバレありでご紹介します。

シリーズ【題名は知ってるドイツ語文学】

題名だけは知っている。
いつか読もうと思っていた。
でも読まないまま何年も経った。
もうせめて、どんな話でどう終わるのかだけでも知りたい。

そんなドイツ語文学作品を、最初から結末までご紹介するシリーズです。これを読んで、分厚い本を読み終わった気分になりましょう!ネタばれ前提です。ご承知おきください。

積まれた数冊のドイツ文学の本

作者紹介 トーマス・マン(Thomas Mann)

トーマス・マン(1875〜1955)は、ドイツ北部のリューベックに生まれた作家です。1901年に長編小説『ブッデンブローク家の人々』を発表し、1929年にはノーベル文学賞を受賞しました。代表作には『ブッデンブローク家の人々』『魔の山』、そして今回紹介する『ヴェニスに死す』などがあります。

ヴェニスに死す(Der Tod in Venedig)

登場人物

グスタフ・フォン・アッシェンバッハ:主人公。ドイツの高名な作家。厳しい自己管理のもとで仕事と生活を律してきたが、ある日ふと旅に出たい衝動に駆られる。

タジオ:ヴェニスのホテルでアッシェンバッハが出会うポーランド人の少年。美しい容姿で、アッシェンバッハの心を強く引きつける。

タジオの母:タジオたちとともにヴェニスに滞在している母親。上品で裕福な家庭の女性として描かれる。

旅への衝動

物語の主人公は、グスタフ・フォン・アッシェンバッハという50代前半の高名な作家である。彼は長年、厳しい自己管理と強い意志によって作品を書き続けてきた人物で、自分の生活も仕事もきちんと律することを大切にしていた。すでに世間から高く評価され、名声も得ていたが、その内側には、いつの間にか疲れのようなものが積もっていた。

ある日、ミュンヘンで散歩をしていたアッシェンバッハは、墓地の近くでひとりの見知らぬ男を目にする。その男はどこか異国的な雰囲気をまとっており、アッシェンバッハの心に強い印象を残した。その姿を見た瞬間、彼の中に、どこか遠くへ旅に出たいという気持ちが湧き上がる。それは単なる気分転換というより、長いあいだ抑え込まれていたものが、ふいに表へ出てきたような衝動であった。

アッシェンバッハは、これまでの生活をすぐに投げ出すような人物ではない。それでも、一度目覚めた旅への欲求は、彼の心の中で静かに大きくなっていく。やがて彼は、北ではなく南へ向かうことを考え始める。こうして、アッシェンバッハの旅は少しずつ動き出す。

ヴェニスへ向かう旅

旅に出ることを決めたアッシェンバッハは、まず南方へ向かう。しかし最初に滞在した場所は、彼の心を満たすものではなかった。空模様も土地の雰囲気も思ったようではなく、彼はそこで長く過ごす気になれない。やがて彼は、行き先をヴェニスに変えることを決める。

ヴェニスへ向かう船の中で、アッシェンバッハは奇妙な老人を目にする。その老人は若者たちの一団に混じり、派手な服装や化粧で自分を若く見せようとしていた。だが、その姿は若々しさというより、年齢に逆らおうとする不自然さを強く感じさせるものだった。アッシェンバッハはその老人に嫌悪を覚えるが、同時にその姿は、これから彼自身が向かっていくものを暗示しているようにも見える。

船はやがてヴェニスに近づく。水の上に浮かぶ都市の姿は美しく、アッシェンバッハの心を引きつける。だが、その到着は明るい旅の始まりというより、どこか不穏な空気をまとっていた。彼はゴンドラに乗り、リド島のホテルへ向かうことになる。

ホテルで出会った美しい少年

リド島のホテルに着いたアッシェンバッハは、そこで落ち着いた滞在を始める。ホテルには各国から来た上品な客たちが集まっており、食堂や広間には、夏の保養地らしい穏やかな空気が流れていた。アッシェンバッハは、その中でひときわ目を引く家族に気づく。

それは、ポーランド人らしい母親と、その子どもたちであった。母親は上品な身なりをした貴婦人で、娘たちもきちんとした服装をしている。その中に、ひとりの少年がいた。少年の名はタジオ。まだ幼さを残した年頃でありながら、その姿はアッシェンバッハの目に、まるで古代彫刻のように美しく映った。

アッシェンバッハは、最初はただ美しいものを眺めるように、タジオを見ていた。作家として、芸術家として、完成された美を前にしたような感覚であった。しかし、その美しさは彼の心に強く残り、やがて単なる鑑賞では済まないものへと変わっていく。タジオの存在は、静かに、しかし確実に、アッシェンバッハの内側へ入り込んでいくのである。

立ち去ろうとして、戻る

アッシェンバッハは、タジオの姿に心を奪われながらも、まだ自分の感情をはっきりとは認めていなかった。彼はあくまで、美しいものを見つめる芸術家として、少年の姿に惹かれているのだと自分に言い聞かせる。しかし、ホテルの食堂や海辺でタジオを見かけるたびに、その存在は彼の中で少しずつ大きくなっていく。

ところが、ヴェニスの気候は彼に合わなかった。湿った空気と重苦しい暑さに疲れ、体調もすぐれない。アッシェンバッハは、このまま滞在を続けるよりも、別の土地へ移った方がよいと考え、ホテルを出ることにする。自分の判断としては、それが理性的で正しい選択であるはずだった。

だが、出発の途中で荷物の手違いが起こる。アッシェンバッハの荷物は別の場所へ送られてしまい、彼は予定どおりに旅を続けることができなくなる。仕方なくホテルへ戻ることになった彼は、そこで自分が本当はこの出来事を喜んでいることに気づく。ヴェニスに戻れること、そしてタジオをもう一度見ることができることに、彼の心は密かに弾んでいた。こうしてアッシェンバッハは、去るはずだった場所へ再び戻ってくる。

タジオを見つめる日々

ホテルに戻ったアッシェンバッハは、再びタジオの姿を追うようになる。食堂で、ロビーで、海辺で、彼はタジオがどこにいるのかを自然と探してしまう。タジオは家族や友人たちとともに過ごしているだけで、アッシェンバッハに特別な働きかけをするわけではない。それでも、少年の姿は彼の目に強く焼きつき、彼の一日の中心になっていく。

浜辺では、タジオがほかの少年たちと遊ぶ様子が見える。アッシェンバッハは距離を置いたまま、その動きを見つめ続ける。タジオが砂浜を歩き、海辺に立ち、友人たちと話すだけで、アッシェンバッハの心は大きく揺れる。彼は自分の感情を、美しいものに対する芸術家の感動として受け止めようとするが、その視線は次第に静かな執着を帯びていく。

やがてアッシェンバッハは、タジオの姿を見られるかどうかによって、その日の気分が左右されるようになる。タジオが近くにいれば心が明るくなり、姿が見えなければ落ち着かなくなる。彼は自分から少年に話しかけることはないが、その沈黙のままの関心は、もはやただの偶然の眺めではなくなっていた。タジオは、アッシェンバッハにとって、ヴェニスでの滞在そのものを支配する存在になっていく。

ヴェニスに広がる不穏な気配

アッシェンバッハがタジオを見つめる日々を送る一方で、ヴェニスの街には少しずつ不穏な気配が漂い始める。街角では、どこか薬品のような匂いがする。人々の表情にも落ち着かないものがあり、ホテルの客の中には、予定より早くヴェニスを去る者も出てくる。美しい水の都は、表面上はいつも通り観光客を迎えているが、その奥には何か隠されたものがあるように見えた。

アッシェンバッハは、街で何かが起こっているのではないかと感じ始める。だが、ホテルの従業員や街の人々に尋ねても、はっきりした答えは返ってこない。ヴェニスでは悪い病気が広がっているという噂がありながら、街の側はそれを認めようとしない。観光客が去ってしまえば、街にとって大きな痛手になるからである。

やがてアッシェンバッハは、ヴェニスに疫病が入り込んでいることを知る。そこに留まることは危険であり、本来ならすぐに街を離れるべきであった。タジオの家族にも知らせれば、彼らもヴェニスを去るかもしれない。しかしアッシェンバッハは、真実を知りながら、それを口にしない。タジオが去ってしまうことを、彼は恐れていたのである。

若さを装うアッシェンバッハ

疫病の存在を知っても、アッシェンバッハはヴェニスを去ろうとはしない。それどころか、彼の心はますますタジオに縛られていく。街の不穏な空気も、身の危険も、以前なら彼が冷静に判断できたはずのことであった。しかし今の彼にとって、最も大きな問題は、自分がここを離れればタジオを見ることができなくなる、という一点であった。

アッシェンバッハは、街の中でタジオとその家族の姿を追うようになる。彼らが出かければ後を追い、姿を見失えば探し、遠くからただ見つめ続ける。そこには、かつての彼が大切にしていた節度や誇りは、もうほとんど残っていない。自分でもその姿をどこかで分かっていながら、彼は足を止めることができなくなっていた。

やがてアッシェンバッハは、理髪師の手で身なりを整え、若く見えるように手を加えられる。髪には染料が使われ、顔には化粧がほどこされ、唇には赤みが差される。かつて船の中で嫌悪を覚えた、若者のように装った老人の姿に、今度は彼自身が近づいていくのである。アッシェンバッハは、その変化を受け入れながら、なおもタジオの姿を追い続ける。

海辺の最期

ヴェニスには、いよいよ危険な空気が濃くなっていた。アッシェンバッハの身体にも異変が現れ始める。頭は熱を帯び、汗がにじみ、喉の渇きや衰弱が彼を苦しめる。だがアッシェンバッハは、もう街を離れることを考えられない。彼は疲れきった身体のまま、それでもタジオの姿を追い、ホテルや街や海辺で、少年を見つめ続ける。かつて名声と規律の中で生きてきた作家は、今ではただひとつの美しい幻に引き寄せられるように、ヴェニスにとどまり続けていた。

やがて、タジオの家族が出発の支度を始めていることをアッシェンバッハは知る。彼らもヴェニスを去ろうとしていたのである。その知らせは、アッシェンバッハにとって、残された時間がもうわずかであることを意味していた。彼は海辺へ向かい、いつものように椅子に腰を下ろして、タジオの姿を見つめる。

浜辺では、タジオがほかの少年たちと過ごしていた。やがてタジオは仲間たちから少し離れ、ひとり海の方へ歩いていく。浅瀬に立つ少年の姿は、アッシェンバッハの目に、現実の人物というより、どこか彼を遠い場所へ導く存在のように映る。タジオは海の方を向き、ふと振り返る。その姿を見つめながら、アッシェンバッハは椅子に身を沈める。

しばらくして、人々はアッシェンバッハの異変に気づく。彼はもう動かなくなっていた。こうして、グスタフ・フォン・アッシェンバッハは、ヴェニスの海辺で息を引き取る。物語は、美しい少年の姿を見つめたまま、彼が静かに死へ向かっていく場面で幕を閉じる。

読後メモ

『ヴェニスに死す』は、美しいものに強く惹かれる気持ちと、それに取り込まれていく危うさが印象に残る作品です。タジオは最後まで遠くから見つめられる存在であり、物語の中心にあるのは、彼を見つめ続けるアッシェンバッハの視線です。ヴェニスという美しい街を舞台にしながら、物語は題名の通り、静かに「死」へ向かっていきます。その美しさと不穏さが重なった余韻が、この作品には残ります。

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