日本でも題名だけはよく知られている海外文学の中には、実はドイツ語で書かれた作品がたくさんあります。
ゲーテの『ファウスト』や『若きウェルテルの悩み』のような王道の古典から、チャイコフスキーのバレエで有名になった『くるみ割り人形』、映画や児童文学として親しまれている『モモ』『はてしない物語(映画タイトル:ネバーエンディングストーリー)』まで、意外なところにもドイツ文学の名作が隠れています。

この記事では、日本人にも聞き覚えのあるドイツ文学作品を15作選んでご紹介します。
王道の古典から始めるドイツ文学
『若きウェルテルの悩み』|ゲーテ
『若きウェルテルの悩み』は、ゲーテが1774年に発表した書簡体小説です。感受性豊かな青年ウェルテルは、すでに婚約者のいるシャルロッテに恋をしてしまいます。結ばれるはずのない恋と知りながら、彼は手紙にその思いを切々と綴り続けます。ウェルテルの情熱はやがて、周囲の理解も社会の常識も超えて、取り返しのつかない方向へと向かっていきます。
18世紀ヨーロッパの若者たちを熱狂させ、「ウェルテル熱」と呼ばれる社会現象まで生んだ、ドイツ文学を代表する恋愛小説。あのナポレオンをして、「私はこの作品を7回読んだ」といわしめました。
『ファウスト』|ゲーテ
『ファウスト』は、ゲーテが生涯をかけて書き続けた、ドイツ文学最大級の作品です。学問を極めながらも人生に満たされない老学者ファウストが、悪魔メフィストフェレスと契約を結び、もう一度この世の快楽と経験を味わおうとする物語です。
第一部では、若い女性グレートヒェンとの恋が中心に描かれます。ファウストの欲望とメフィストの誘惑は、やがて彼女の人生を破滅へと追い込んでいきます。第二部では舞台が大きく広がり、宮廷、古代ギリシア神話、政治、経済、開発事業までを巻き込みながら、ファウストの欲望は個人の恋から世界そのものへ向かっていきます。
『ヴィルヘルム・テル』|シラー
『ヴィルヘルム・テル』は、ドイツの詩人シラーが1804年に発表した、スイスの建国伝説をもとに描いた戯曲です。日本では英語名「ウィリアム・テル」が定着していますが、ドイツ語では「ヴィルヘルム・テル」です。
弓の名手テルは、横暴な総督ゲスラーによって、息子の頭上に置いたリンゴを射抜くという、残酷な命令を突きつけられます。矢は見事リンゴを射抜くのですが——。自由と圧政、個人の尊厳と権力への抵抗を描いた名作。
ちょっと不思議で幻想的な19世紀の名作
『影をなくした男』|シャミッソー
『影をなくした男』は、シャミッソーが1814年に発表した幻想小説です。主人公ペーターは、不思議な灰色の男から、無限に金貨が出てくる「幸運の金袋」を受け取る代わりに、自分の影を譲り渡してしまいます。
大富豪になったペーターですが、影がないことを世間から不気味に思われ、社会から孤立し、愛する人とも引き裂かれてしまいます。後悔した彼は、再び現れた灰色の男から、新たな提案を受けるのですが…。フランス生まれでありながらドイツで生きた作者の孤独が反映された名作。
『くるみ割り人形とねずみの王様』|E.T.A.ホフマン
『くるみ割り人形とねずみの王様』は、ホフマンが1816年に発表した幻想童話です。クリスマスの夜、少女マリーは贈り物のくるみ割り人形が命を持ち、ねずみの王様と戦う場面を目撃します。夢と現実の境界が溶け合う不思議な世界へと引き込まれた彼女が、そこで見た物は?
チャイコフスキーのバレエで世界的に知られるこの物語ですが、原作はより暗く、不気味な陰影を帯びています。ドイツ・ロマン主義の鬼才ホフマンならではの、美しさと怖さが同居する世界観をぜひ原作でも体験してみてください。
『ネコのムル君の人生観』|E.T.A.ホフマン
『ネコのムル君の人生観』は、ホフマンが1819年から発表した未完の長編小説です。飼い猫のムル君が自らの生涯を得意げに綴った自伝——ところがその原稿に、楽長クライスラーの伝記の断片が偶然に混ざり合い、奇妙な二重構造の物語が展開します。
真剣に人生を語るネコの滑稽さと、芸術に魂を捧げる人間の悲哀は、果たしてどこでどう交わるのか——?そして作品が「未完」のまま終わる本当の理由とは?読み始めたら最後、不思議な迷宮から抜け出せなくなること必定。
青春と孤独を描いた近代文学
『ヴェニスに死す』|トーマス・マン
『ヴェニスに死す』は、トーマス・マンが1912年に発表した中編小説です。老境に差し掛かった高名な作家アッシェンバッハは、休暇で訪れたヴェネツィアで、ポーランド人の美少年タジオに出会い、その美しさに魂を奪われてしまいます。
街に忍び寄る「影」の存在を知りながらも、彼はヴェネツィアを離れることができません。美への陶酔と死の予感が溶け合う退廃的な雰囲気の中、この著名な作家を待ち受ける運命は?ヴィスコンティ監督による映画版も名高い、耽美文学の最高傑作。
『車輪の下』|ヘルマン・ヘッセ
『車輪の下』は、ヘッセが1906年に発表した自伝的小説です。神学校への入学を果たした秀才少年ハンスは、周囲の期待に応え続けるうち、いつしか自分自身を見失っていきます。勉強一筋だった彼は、天才肌のハイルナーとの出会いによって自由への渇望に目覚めるのですが、いつしか心身を病んでしまい…。
著者であるヘッセ自身も、神学校に入学後わずか1年足らずで脱走した経験をもっており、ハンスとハイルナーのどちらもヘッセ自身の分身(内面)とも言われています。
『デミアン』|ヘルマン・ヘッセ
『デミアン』は、ヘッセが1919年に発表した小説です。少年シンクレールは、ある日謎めいた同級生デミアンと出会い、それまで信じていた「善と悪」の世界観を根底から揺さぶられます。デミアンは一体何者なのか——導き手なのか、それとも誘惑者なのか。
二人の出会いをきっかけに、シンクレールは自分の内側に眠る「本当の自分」を探す長い旅へと踏み出していきます。第一次世界大戦直後に発表され、当時の若者たちに衝撃を与えた問題作。
不条理と重厚さが残る20世紀の名作
『変身』|カフカ
『変身』は、チェコ出身のドイツ語作家、カフカが1915年に発表した中編小説です。ある朝目を覚ますと、セールスマンのグレゴール・ザムザは巨大な虫に変わり果てていました——物語はこの一文から、何の説明もなく始まります。
驚くべきことに、その時グレゴール自身が最も気にしているのは「仕事に遅刻してしまう」こと、そして「家族の生活費の心配」ばかり。そんな彼に対して彼の家族がとった行動とは?理不尽な出来事の中で、人間の孤独が静かに浮かび上がるカフカ文学の代表作です。
『審判』|カフカ
『審判』は、カフカが1925年に発表した長編小説です。ある朝突然、銀行員ヨーゼフ・Kは「逮捕」を告げられます。罪状は一切知らされず、裁判所がどこにあるのかもわからない——それでも「裁判」は静かに、しかし確実に進んでいきます。
無実を証明しようと奔走するKですが、この不条理な司法の迷宮には出口があるのでしょうか?「自分が何をしたのか」すら知らされないまま裁かれる恐怖は、読んでいる私たち自身にも、じわじわと忍び寄ってきます。現代社会の官僚主義や不条理にも通じる、カフカの代表作です。
『魔の山』|トーマス・マン
『魔の山』は、トーマス・マンが1924年に発表した長編小説です。主人公ハンス・カストルプは、スイスのアルプスにある結核療養所を三週間だけの予定で訪れます。そこで彼が経験したのは、療養所に集う個性豊かな人々との対話、そこに漂う死の気配、そして時間の感覚が溶けていく不思議な感覚。
第一次世界大戦前夜のヨーロッパの空気を背景に、生と死、時間、思想が静かに交錯するトーマス・マンの代表作の1つです。
『西部戦線異状なし』|レマルク
『西部戦線異状なし』は、レマルクが1929年に発表した反戦小説です。愛国心に燃えて志願入隊した18歳のパウルたちは、戦場に着いた瞬間、教室で教わった「英雄的な戦争」とはまるで異なる現実を突きつけられます。
泥と血にまみれた塹壕の中で、仲間が一人また一人と失われていく——それでも本国に届く報告は「異状なし」の一言。若者たちの夢と命を飲み込んでいく戦争の実態が容赦なく描かれていきます。1930年代に台頭したナチス・ドイツによって焚書処分の対象となり、レマルク自身も迫害の末、スイスへ亡命、ドイツ国籍をはく奪される憂き目にあいました。
児童文学としても読まれる現代ファンタジー
『モモ』|ミヒャエル・エンデ
『モモ』は、ミヒャエル・エンデが1973年に発表したファンタジー小説です。廃墟に住む不思議な少女モモには、ひとつの特別な才能がありました。それは、人の話をただ静かに聞くということ。しかしある日、灰色の男たちが街に現れ、人々から「時間」を少しずつ奪い始めます。
奪われた時間はいったいどこへ消えていくのか。そしてモモにしかできない、灰色の男たちとの戦い方とは——。子ども向けファンタジーでありながら、現代社会の本質を突く鋭いメッセージに、大人こそ胸を打たれる世代を超えた傑作です。
『はてしない物語』|ミヒャエル・エンデ
『はてしない物語』は、ミヒャエル・エンデが1979年に発表したファンタジー小説です。いじめられっ子の少年バスチアンは、ある日一冊の本を手にします。読み進めるうちに、本の中の世界「ファンタージエン」が滅びの危機に瀕していること、そしてその世界を救えるのは「人間の子ども」だけだということを知ります。
やがてバスチアンは気づきます——自分がただの「読者」ではないことに。本と現実の境界が溶け出すその瞬間から、物語はまったく予想外の方向へ動き出します。「ネバ―エンディングストーリー」というタイトルで映画にもなりました。
おわりに
いかがでしたか?「タイトルは知ってるけど、ドイツ文学とは思ってなかった」という意外な作品もあったのではないでしょうか?ご紹介した作者は全員ドイツ人というわけではありませんが、「ドイツ語で発表された作品」という意味で、「ドイツ文学」として括らせていただきました。

今後も、著名なドイツ文学作品をどんどんご紹介したいと思います。現在とあるシリーズの企画も進行中。近日中に発表予定です!
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