『グリム童話』は、19世紀初頭にドイツのグリム兄弟が各地に伝わる昔話を集め、まとめた民話集です。現在の子ども向けの童話とは異なり、初版に近い物語には、素朴な表現や、残酷な描写も残されています。
この連載では、『子どもと家庭の童話(Kinder- und Hausmärchen)』1812年初版に掲載された物語を、できるだけ原文の流れを残しながら日本語に訳しています。文末には、底本として参照したWikisource公開版をダウンロードできるリンクを入れています。
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ヘンゼルとグレーテル
大きな森の前に、貧しい木こりが住んでいました。彼には食べるものもほとんどなく、妻とふたりの子ども、ヘンゼルとグレーテルのために、その日のパンをどうにか用意するのがやっとでした。
ある時、彼はそれすらもできなくなり、困窮の中でどうすればよいのか分からなくなりました。夜、心配でベッドの中をあちらこちらと寝返りを打っていると、妻が彼に言いました。
「ねえ、あなた。明日の朝、ふたりの子どもに、ひとりにひと切れずつパンを持たせて、それから森の中へ連れていきましょう。森の真ん中の、いちばん深いところへ。そこで火をたいてやって、それから立ち去り、子どもたちをそこに置いてくるのよ。私たちは、もうあの子たちを養っていくことはできないわ」
「いや、妻よ」と男は言いました。「そんなことは、私にはできない。自分のかわいい子どもたちを野の獣のところへ連れていくなど。子どもたちは、森の中でたちまち引き裂かれてしまうだろう」
「それをしなければ」と妻は言いました。
「私たちは皆そろって飢え死にするしかないのよ」
そうして妻は、男が「そうする」と言うまで、彼を休ませませんでした。
ふたりの子どもも、空腹のためにまだ目を覚ましていて、母親が父親に言ったことをすべて聞いていました。グレーテルは、もう自分はおしまいだと思い、ひどく泣きはじめました。しかしヘンゼルは言いました。
「静かにして、グレーテル。悲しまないで。ぼくが助けるよ」
そう言うと彼は起き上がり、上着を着て、下の戸を開け、そっと外へ出ました。月は明るく照っていて、白い小石は、まるでぴかぴかの銀貨のように光っていました。ヘンゼルは身をかがめ、自分の上着の小さなポケットいっぱいに、入るだけ小石を詰めました。それから家に戻りました。
「元気を出して、グレーテル。安心して眠るんだよ」
そう言って、彼はまたベッドに横になり、眠りました。
翌朝早く、まだ太陽が昇らないうちに、母親がやって来て、ふたりを起こしました。
「起きなさい、子どもたち。森へ行きますよ。ほら、ひとりずつパンをひと切れ。でも、大事にして、昼まで取っておきなさい」
グレーテルはパンをエプロンの下に入れました。ヘンゼルは小石をポケットに入れていたからです。それから一同は、森の中へ向かって出かけました。しばらく歩くと、ヘンゼルは立ち止まり、家の方を振り返って見ました。少したつとまた振り返り、その後も何度も何度もそうしました。
父親が言いました。「ヘンゼル、何を振り返って見ているんだ。ぐずぐずしていないで、気をつけて歩きなさい」「お父さん、ぼくの白い子猫を見ているんです。屋根の上に座って、ぼくにさよならを言おうとしているんです」
母親が言いました。「ばかな子だね。それはおまえの子猫ではないよ。煙突に朝日が差しているんだ」
けれどもヘンゼルは、子猫を見ていたのではありませんでした。彼はずっと、ポケットから白く光る小石をひとつずつ、道の上へ落としていたのです。一同が森の真ん中まで来ると、父親が言いました。
「さあ、木を集めなさい、子どもたち。寒くないように、火をおこしてやろう」
ヘンゼルとグレーテルは小枝を集め、小さな山ほどにしました。それに火がつけられ、炎が大きく燃え上がると、母親が言いました。
「さあ、火のそばに横になって、眠っていなさい。私たちは森の中で木を切ってきます。私たちが戻ってきて、おまえたちを迎えに来るまで待っているのですよ」
ヘンゼルとグレーテルは、昼まで火のそばに座っていました。その時、ふたりはそれぞれ自分のパンをひと切れ食べました。それからまた夕方まで待っていました。しかし父親と母親は帰って来ず、誰もふたりを迎えに来ようとはしませんでした。暗い夜になると、グレーテルは泣きはじめました。しかしヘンゼルは言いました。
「少しだけ待つんだ。月が昇るまで」
そして月が昇ると、彼はグレーテルの手を取りました。すると小石が、新しく打たれた銀貨のようにそこに落ちていて、きらきらと光り、ふたりに道を示していました。
ふたりは一晩中歩きました。そして朝になると、父親の家へ戻って来ました。父親は子どもたちを再び見て、心から喜びました。彼は子どもたちをひとりきりにしたことを、不本意に思っていたのです。母親も喜んでいるふりをしましたが、ひそかに怒っていました。
それからあまりたたないうちに、家にはまたパンがなくなりました。そしてヘンゼルとグレーテルは、夜、母親が父親に言うのを聞きました。
「一度は子どもたちが道を見つけて戻ってきたから、私は大目に見たのよ。でも今は、家にはまた、半分のパンが一つ残っているだけ。明日は子どもたちをもっと深い森の中へ連れていかないと。もう二度と家へ戻って来られないように。そうしなければ、私たちにはもう助かる道がないわ」
男は心が重くなりました。そして、最後のひと口を子どもたちと分け合った方がよいのではないか、と考えました。しかし、一度妻の言うことを聞いてしまっていたので、彼は否と言うことができませんでした。
ヘンゼルとグレーテルは、両親の話を聞いていました。ヘンゼルは起き上がり、また小石を拾いに行こうとしました。けれども戸のところへ行くと、母親が戸に鍵をかけていました。それでも彼はグレーテルを慰めて言いました。
「眠っておいで、かわいいグレーテル。愛する神さまが、きっとぼくたちを助けてくださるよ」
翌朝早く、ふたりはパンをひと切れずつ受け取りました。それは前の時よりも、さらに小さいものでした。道を歩きながら、ヘンゼルはそのパンをポケットの中で細かく崩し、たびたび立ち止まっては、そのかけらをひとつずつ地面に落としました。
「どうしていつも立ち止まって、あたりを見回しているんだ、ヘンゼル」と父親が言いました。「ちゃんと歩きなさい」「ああ、ぼくの小さな鳩を見ているんです。屋根の上に座って、ぼくにさよならを言おうとしているんです」
「ばかな子だね」と母親が言いました。「それはおまえの鳩ではないよ。煙突の上に朝日が差しているんだ」
けれどもヘンゼルは、自分のパンを細かく崩して、そのかけらを道に落としていました。
母親は、ふたりをさらに森の奥へ連れて行きました。そこは、ふたりが生まれてから一度も来たことのない場所でした。そこで、ふたりはまた大きな火のそばで眠ることになっていました。そして夕方には、両親がやって来て、ふたりを迎えに来るはずでした。
昼になると、グレーテルは自分のパンをヘンゼルと分け合いました。ヘンゼルは、自分の分をすべて道にまいてしまっていたからです。昼が過ぎ、夕方も過ぎました。しかし、誰もかわいそうな子どもたちのところへは来ませんでした。ヘンゼルはグレーテルを慰めて言いました。
「待っていて。月が昇ったら、ぼくがまいておいたパンくずが見えるよ。それが家への道を教えてくれる」
月が昇りました。けれどもヘンゼルがパンくずを探すと、それはなくなっていました。森の中の幾千もの小鳥たちが、それを見つけて、ついばんでしまっていたのです。
それでもヘンゼルは、家への道を見つけられると思い、グレーテルを連れて歩きました。しかしふたりは、すぐに大きな荒れ野の中で道に迷ってしまいました。そして夜じゅう歩き、次の日も一日じゅう歩き、疲れのために眠り込みました。さらにもう一日歩きましたが、森から出ることはできませんでした。ふたりはとても空腹でした。食べるものといえば、地面に生えていた小さな木の実が少しあるだけでした。
三日目、ふたりはまた昼まで歩きました。すると、小さな家のところへやって来ました。その家は、全部パンで造られていて、屋根は菓子でおおわれ、窓は明るい砂糖でできていました。
「ここに座って、お腹いっぱい食べよう」とヘンゼルが言いました。「ぼくは屋根を食べる。グレーテル、おまえは窓を食べるといい。それはとても甘いだろう」
ヘンゼルは、もう屋根をかなり食べていました。グレーテルも、丸い窓ガラスをいくつか食べ、ちょうど新しいものをひとつ折り取ろうとしていました。その時、中から細い声が聞こえてきました。
「カリ、カリ、カリカリと!誰がわたしの小さな家をかじっているの!」
ヘンゼルとグレーテルはたいへん驚き、手に持っていたものを落としてしまいました。するとすぐその後、戸口から、小さな、石のように年を取った女が這い出してくるのが見えました。女は頭を揺らしながら言いました。
「ああ、かわいい子どもたち、おまえたちはどこから走って来たの。私と一緒に中へお入り。よくしてあげるから」
女はふたりの手を取り、自分の小さな家の中へ連れて行きました。そこではおいしい食べものが出されました。ミルク、砂糖をかけたパンケーキ、りんご、木の実。そしてそれから、きれいな小さなベッドが二つ用意されました。ヘンゼルとグレーテルはその中に横になり、自分たちはまるで天国にいるようだと思いました。
しかし、その老婆は悪い魔女でした。子どもたちを待ち伏せしていて、子どもたちをおびき寄せるために、パンの小さな家を建てていたのです。そして、ひとりでも自分の手の中に入ってくると、その子を殺し、煮て食べました。それは魔女にとってはお祝いの日でした。なので魔女は、ヘンゼルとグレーテルが自分のところへ走って来た時、たいへん喜んだのでした。
朝早く、ふたりがまだ目を覚まさないうちに、魔女はもう起きていました。ふたりの小さなベッドのところへ行き、ふたりがいとおしげに眠っているのを見ると、喜んで思いました。
これは私にとって、ごちそうになるだろう。
魔女はヘンゼルをつかみ、小さな家畜小屋の中へ押し込みました。彼がそこで目を覚ますと、若い鶏を閉じ込めるように格子に囲まれていて、ほんの数歩しか歩くことができませんでした。
一方、魔女はグレーテルを揺すって起こし、叫びました。
「起きなさい、この怠け者。水を汲んで、台所へ行き、おいしい食事をお作り。あそこでおまえの兄が小屋に入っている。まずあいつを太らせるんだ。そして太ったら、それを食べるのさ。今はおまえがあいつに食べさせるんだよ」
グレーテルは驚き、泣きました。しかし魔女が求めることをしなければなりませんでした。
それから毎日、ヘンゼルには、太るようにといちばんよい食事が作られました。しかしグレーテルがもらったのは、かにの殻だけでした。そして毎日、老婆はやって来て言いました。
「ヘンゼル、おまえの指を出しなさい。もう十分太ったか、触ってみるから」
けれどもヘンゼルは、いつも小さな骨を差し出しました。すると魔女は、彼が少しも太らないことを不思議に思いました。
四週間後のある晩、魔女はグレーテルに言いました。
「はやくおし。行って水を運んでおいで。おまえの兄さんが十分太っていようがいまいが、明日にはそれを屠って煮るつもりだ。その間に私は生地をこねておく。添えるものも焼けるようにね」
そこでグレーテルは悲しい気持ちで出ていき、ヘンゼルを煮ることになる水を運びました。
グレーテルは、翌朝早く起きなければなりませんでした。火をおこし、水の入った釜をつるしました。
「さあ、それが沸くまで気をつけていなさい」と魔女は言いました。「私はかまどに火を入れて、パンを押し入むから」
グレーテルは台所に立ち、血の涙を流して泣きました。そして思いました。森の中の野の獣に食べられていた方がよかった。そうすれば、私たちは一緒に死んでいたのに。今こんな心の苦しみを背負わずにすんだのに。そして私が、自分で愛する兄の死のために水を煮なければならないこともなかったのに。水よ煮えろ。愛する神さま、私たち哀れな子どもを、この苦しみからお助けください。
その時、老婆が叫びました。
「グレーテル、すぐにこちらのかまどのところへおいで」
グレーテルが行くと、魔女は言いました。
「かまどの中をのぞき込んで、パンがもうきれいに茶色く焼けて、よくできているか見ておくれ。私の目は弱くて、そんな奥までは見えないんだよ。おまえにもできないなら、板の上に座りなさい。私がおまえを中へ押し込んであげよう。そうすれば中を歩き回って、見てくることができる」
しかし、グレーテルが中に入ったら、魔女は扉を閉めるつもりでした。そしてグレーテルは熱いかまどの中で焼かれ、魔女はそれも食べるつもりだったのです。悪い魔女はそう考えていました。そのために、グレーテルを呼んだのでした。しかし神がグレーテルにその考えを与えたので、グレーテルは言いました。
「私には、どうしたらよいのか分かりません。先に見せてください。あなたが座ってください。私があなたを中へ押し入れます」
すると老婆は板の上に座りました。そして老婆は軽かったので、グレーテルはできるかぎり奥まで押し込みました。それから急いで戸を閉め、鉄のかんぬきを差しました。すると老婆は、熱いかまどの中で叫び声をあげ、嘆きはじめました。しかしグレーテルは走り去りました。そして老婆は、惨めに焼け死ななければなりませんでした。
グレーテルはヘンゼルのところへ走って行き、小さな戸を開けました。ヘンゼルは飛び出しました。そしてふたりは互いにキスをし、喜びました。その小さな家全体は、宝石と真珠でいっぱいでした。ふたりはそれで自分たちのポケットをいっぱいにし、そこを立ち去って、家への道を見つけました。
父親は、ふたりを再び見た時、喜びました。彼は子どもたちがいなくなってから、一日として楽しい日を過ごしていなかったのです。そして彼は今や、金持ちの男になりました。
しかし母親はすでに死んでいました。
<完>
底本: Brüder Grimm: „Hänsel und Gretel“, in: Kinder- und Haus-Märchen, Band 1, Berlin: Realschulbuchhandlung, 1812, S. 49–58. 本文はWikisource公開版をもとにしています。

やはり前回の白雪姫と同じく、ヘンゼルとグレーテルでも、子供を捨てようとするのは継母ではなく実母だったんですね。版を重ねるごとに、「母親」から「継母」へ移されていったようです。ふがいない父親や、優しいけどあまり役に立たない兄と比べて、兄を煮るための湯を沸かしたり、魔女を生きたまま焼く(!)グレーテルの強さが印象的です。
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