『ニーベルンゲンの歌』は、中世ドイツ文学を代表する英雄叙事詩です。その成り立ちは、【ニーベルング伝説】を紐解く|日本で混同されやすい派生作品とその原点で詳しくお話しました。
難しそうに見える古典を、物語として気軽に楽しめる形にして連載します。

まずは、物語の前半である第一の冒険から第十九の冒険までを完成させるのが目標です。
『ニーベルンゲンの歌』は、中世ドイツ文学を代表する英雄叙事詩です。全39の「冒険」から成り、王女クリームヒルト、英雄ジークフリート、ブリュンヒルト、ハーゲンらの運命が、壮大な物語として語られます。
この連載では、Karl Bartsch 編『Das Nibelungenlied』1867年版を底本に、各冒険を現代語で読みやすく訳しています。本記事の現代語訳は、当サイトによる新釈です。無断転載はご遠慮ください。
【第一の冒険】の登場人物
- クリームヒルト:ブルグント王家の王女。美しさと気品を備えた女性。
- ウーテ:クリームヒルトと三人の王の母。
- グンター:ブルグントの王のひとり。クリームヒルトの兄。
- ゲルノート:グンターの弟。ブルグントを治める王のひとり。
- ギーゼルヘル:三兄弟の末弟。最も若いブルグント王。
- ダンクラート:クリームヒルトたちの亡父。力と名誉を得た王。
- ハーゲン:ブルグント王家に仕える名高い勇士。
【第一の冒険】クリームヒルト
古い時代から伝わる物語は、数多くの驚くべき出来事を今に伝えている。誉れ高い英雄たちの活躍、彼らを待ち受ける苦難と悲しみ、涙と嘆き、そして喜びに満ちた華やかな祝宴。これから語られるのは、勇敢な戦士たちが愛と名誉のために戦い、やがて避けがたい運命へと巻き込まれていく物語である。
ライン河畔のヴォルムスに、ブルグントの王宮があった。そこに、クリームヒルトという高貴な王女が暮らしていた。その美しさは、どの国を探しても並ぶ者がないと称えられるほどであった。
やがて美しい女性へと成長したクリームヒルトは、その姿だけでなく、気品と徳の高さでも人々を引きつけた。多くの勇士が彼女との結婚を望み、彼女を疎む者はひとりもいなかった。しかし、その類まれな美しさは、後に多くの勇士を死へと導くことになる。
クリームヒルトには、グンター、ゲルノート、ギーゼルヘルという三人の兄がいた。いずれも高貴な血筋に生まれ、富と名声を備えた王である。寛大な君主であると同時に、戦場では恐れを知らぬ勇士でもあり、ただひとりの妹であるクリームヒルトを深く慈しみ、その身を大切に守っていた。
三人が治める国は、ブルグントと呼ばれていた。王たちはライン河畔のヴォルムスに大きな力と威光をもって暮らし、その宮廷には国中から誇り高い騎士たちが集まっていた。彼らは生涯にわたって王たちに仕え、その武勇によってブルグントに名誉と栄光をもたらした。
その繁栄が永遠に続くかに見えた時代、彼らの行く末に破滅の影を見た者はいなかった。だが三人の王とその勇士たちは、後に遠くエッツェルの国で、長く語り継がれるほどの出来事を引き起こす。そして最後には、二人の高貴な女性の争いによって、悲惨な最期を迎えることになる。
クリームヒルトと三人の王の母は、富める王妃ウーテ。父はダンクラートという、力ある王であった。若き日から数々の名誉を得た人物で、生涯の終わりには、その遺産を子どもたちへ残した。
三人の王自身が大いなる力を備えていたばかりでなく、そのもとには、激しい戦いにもひるまぬ選りすぐりの勇士たちが仕えていた。中でも名高いのが、トローネゲのハーゲンと、その弟で俊敏なダンクヴァルトである。ほかにも、メッツのオルトヴィーン、二人の辺境伯ゲールとエッケヴァルト、そして力強き英雄アルツェイのフォルカーがいた。
厨房長のルモルトもまた、誉れ高い戦士のひとりであった。ジンドルトとフンノルトは、三人の王に仕え、宮廷の名誉を守っていた。このほかにも、ここでは名を挙げきれないほど多くの勇士がいた。彼らは武器を手に戦うだけの男たちではない。ダンクヴァルトは元帥として軍を率い、その甥であるメッツのオルトヴィーンは王の宮廷を取り仕切った。ジンドルトは給仕長、フンノルトは侍従長を務め、誰もが己の役目と名誉を重んじていた。
ブルグントの宮廷が誇った広大な力と高い威厳、そこに集った騎士たちの栄華、そして三人の王が生涯にわたって築き上げた誉れ。それらを余すところなく語り尽くせる者は、誰ひとりいないだろう。
クリームヒルトは、そのような栄華のただ中で、不思議な夢を見た。
夢に現れたのは、一羽の隼だった。強く、美しく、野性味を帯びた隼を、クリームヒルトは大切に育てていた。ところが二羽の鷲が襲いかかり、彼女の目の前で隼を引き裂いてしまったのである。救うことも、目を背けることもできず、クリームヒルトはその光景を見届けなければならなかった。この世に、これほど深い悲しみがあるとは思えなかった。
彼女は夢のことを母ウーテに話した。娘の言葉に耳を傾けたウーテは、その夢が何を示しているのかを解き明かした。

あなたが見た隼は、ひとりの高貴な男性を表しています。神がその人を守ってくださらなければ、あなたはやがて彼を失うことになるでしょう。

なぜ男の話などなさるのですか、お母さま。私は恋を知らないまま生きていきたいのです。この身を愛による苦しみから守り、そのまま命を終えたいと思っています。

そのように強く拒むものではありません。いつかあなたの人生に心からの喜びが訪れるとすれば、それはひとりの男性への愛がもたらすものでしょう。神が立派な騎士との縁をお授けになれば、あなたは美しい妻となるのです。

その話はもうおやめください、お母さま。多くの女性たちが、喜びの後には苦しみが待っていることを身をもって示しています。私は喜びも苦しみも、どちらも避けて生きていきたいのです。そうすれば、悲しみに襲われることもないでしょう。
その頃のクリームヒルトは、まだ恋を知らなかった。誰にも心を寄せることなく、苦しみとは無縁の穏やかな年月を過ごしていた。だが彼女がどれほど愛を拒もうとも、夢が告げた運命まで退けることはできなかった。やがて、ひとりの勇敢な英雄が、クリームヒルトを名誉ある妻として迎えることになる。その英雄こそ、夢に現れたあの隼であった。
母ウーテが解き明かしたとおり、彼は後にクリームヒルトの親族によって命を奪われる。そして彼女は、その死に血にまみれた復讐で報いることになる。ただひとりの英雄の死が、数えきれないほどの死を呼び寄せる。多くの母親が、愛するわが子を失うことになるのである。
※本連載は、Karl Bartsch編『Das Nibelungenlied』(1867年版)を底本としています。原本はこちらから閲覧・ダウンロードできます。
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旧連載で使用していた、クリームヒルトの夢の版画風イメージ


