『若きウェルテルの悩み』は、ドイツの文豪ゲーテが1774年に発表した書簡体小説です。18世紀ヨーロッパの若者たちを熱狂させ、「ウェルテル熱」と呼ばれる社会現象まで生んだ、ドイツ文学を代表する恋愛小説。あのナポレオンをして、「私はこの作品を7回読んだ」といわしめました。
この連載では本作の1774年初版を、日本語で自然に読める新釈として一通ずつご紹介します。本記事の現代語訳は、当サイトが独自に作成したものです。無断転載はご遠慮ください。

また一通、ウェルテルからあなたに手紙が届きました。5月27日の便りです。
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1771年5月27日
どうやら僕は、すっかり陶酔して比喩や大げさな語りに夢中になり、あの子供たちがその後どうなったのかを、君に最後まで話すのを忘れてしまったようだ。昨日の手紙で断片的に伝えたように、僕は絵画的な情景にすっかり心を奪われ、あの鋤の上に二時間ほど座っていた。
夕方近くになって、腕に小さな籠を下げた若い女性が、ずっと身動きもせずにいた子供たちのところへやって来た。そして遠くから、
「フィリップ、本当にいい子ね」
と声をかけた。
彼女は僕に挨拶をし、僕も挨拶を返した。立ち上がってそばへ行き、この子たちの母親なのかと尋ねると、彼女はそうだと答えた。そして大きい方の子にパンを半分渡し、幼い方の子を抱き上げると、母親らしい愛情を込めて口づけした。
「この子をフィリップに預けて、いちばん上の子を連れて町へ行っていたんです。白パンと砂糖、それからお粥を煮るための小さな土鍋を買いに」
蓋の外れた籠の中には、今話した品物がすべて入っていた。
「末のハンスに、今晩スープを作ってやろうと思っているんです。上のいたずら者が昨日、鍋にこびりついたお粥をフィリップと取り合って、鍋を割ってしまったものですから」
いちばん上の子はどこにいるのかと尋ねると、彼女が「野原で二羽のガチョウを追い回しています」と言い終えるか終わらないうちに、その子が走って来た。手には、フィリップへの土産らしいハシバミの枝を持っていた。
僕はそのまま彼女と話を続けた。彼女は学校教師の娘で、夫は従兄弟の遺産を受け取るためにスイスへ旅立ったのだという。
「夫をだまして遺産を渡さないつもりだったらしく、手紙を出しても返事がなかったので、自分で向こうへ行ったんです。何か不幸なことが起きていなければよいのですが。何の便りもないんですよ」
僕は、なかなか彼女のもとを立ち去ることができなかった。上の子たちには1クロイツァーずつ小遣いをあげて、末のハンスにも、今度町へ行ったときにスープと一緒に食べるパンを買ってやれるよう、母親に1クロイツァー渡した。そうして僕たちは別れた。
親愛なる友よ、聞いてくれ。自分の心がもうどうにもならなくなりそうなとき、この母親のような人を眺めていると、胸の中の騒がしさがすべて和らぐのだ。穏やかで満ち足りた心のまま、ささやかな暮らしの中で一日一日をどうにか暮らし、木の葉が落ちるのを見ても、冬が来るということ以外はあれこれ考えたりしないような人を。
それ以来、僕はたびたびそこへ足を運んでいる。子供たちもすっかり僕になついた。僕がコーヒーを飲むときには、子供たちにも砂糖を分けてやる。夕方には、バター付きパンと酸乳を僕と分け合う。
子供たちは、日曜日になると必ず1クロイツァーをもらえる。礼拝が終わっても僕がそこにいないときは、宿の女主人から渡してもらうようにしてある。
子供たちは僕にすっかり心を許し、いろいろなことを話してくれる。とりわけ、村の子供たちが大勢集まったとき、彼らが何かに夢中になったり、自分の望みを無邪気かつ素直に表現したりする様子を見るのが、何よりの楽しみだ。
母親は、子供たちが「旦那様のお邪魔になるのではないか」と心配していた。その不安を取り除くのには、ずいぶん苦労したよ。
※本連載は、ゲーテ『Die Leiden des jungen Werthers』1774年初版の電子テキストを底本としています。原文はBibliotheca Augustanaで閲覧できます。
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ウェルテルの舞台となった町、ヴェッツラーを歩く
ドイツ・ヘッセン州中部に位置するヴェッツラーは、ゲーテが若き日を過ごし、『若きウェルテルの悩み』の着想を得た町です。2026年9月の現地取材をもとに、この町を紹介しています。ぜひあわせてお楽しみください。
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