『若きウェルテルの悩み』は、ドイツの文豪ゲーテが1774年に発表した書簡体小説です。18世紀ヨーロッパの若者たちを熱狂させ、「ウェルテル熱」と呼ばれる社会現象まで生んだ、ドイツ文学を代表する恋愛小説。あのナポレオンをして、「私はこの作品を7回読んだ」といわしめました。
この連載では本作の1774年初版を、日本語で自然に読める新釈として一通ずつご紹介します。本記事の現代語訳は、当サイトによる新釈です。無断転載はご遠慮ください。

書簡を1通ずつ、全80回に分けて連載予定です。18世紀の若者たちを熱狂させた物語を、当時の読者になった気分で一緒に読み進めてみましょう。
序文
ここにまとめたのは、哀れなウェルテルについて、私が見つけられるかぎりの記録を丹念に集めたものです。きっと皆さんも、彼の心と人柄に惹かれ、その運命に涙せずにはいられないでしょう。
もしあなたも、ウェルテルと同じような思いを抱えているのなら、彼の苦しみの中に慰めを見つけてください。境遇や自分自身の過ちによって、身近に頼れる友がいないときは、この本を友だと思ってください。
1771年5月4日
ここを離れられて、僕はなんて嬉しいんだろう!
親愛なる友よ、人の心というのは一体どういうものなのだろう。君のことをこんなにも愛しているのに――君とは離れがたいほど親しかったというのに――こうして君のもとを去って、それを喜んでいるなんて!
君なら、きっと分かってくれるだろう。
これまで僕が関わってきた人たちは皆、まるで僕のような心を苦しめるために、運命がわざわざ選んだような人たちばかりだった。
かわいそうなレオノーレ! だが、僕は悪くなかった! 彼女の姉妹の気まぐれな魅力に惹かれ、楽しく過ごしているうちに、レオノーレの心に恋が芽生えてしまった。それが僕のせいだろうか?
けれど――僕は本当に何も悪くなかったのか?
彼女の思いを育てたのは、僕ではなかったか? あまりに飾り気のない、心のままの言葉で、彼女は僕たちを何度も笑わせた。少しも笑い事ではなかったというのに、僕自身もそれを楽しんでいたではないか!
僕は――。
ああ、人間とは何なのだろう。自分自身を責めることさえできないのか!
親愛なる友よ、僕は変わる。君に約束する。
運命が目の前に置いた、ほんのわずかな不幸を、これまでのように何度も何度も思い返して苦しむのは、もうやめよう。今この瞬間を楽しみ、過ぎたことは過ぎたことにする。
君の言うとおりだ。
人間が――なぜそんなふうにできているのかは、神にしか分からないが――何でもない今を受け入れるより先に、想像力を懸命に働かせて、過去の苦しみをわざわざ呼び戻したりしなければ、この世の悲しみはもっと少なくなるだろう。
母には、頼まれた用事をきちんと進めていることと、近いうちに詳しい知らせを送るつもりだと伝えてほしい。
伯母とも話をした。家で言われているような意地の悪い女では、まったくなかった。快活で気は強いけれど、とても心の温かい人だ。
母が受け取れずにいる相続分について、僕から伯母に事情を説明した。すると伯母は、なぜ今まで渡さなかったのか、その理由や事情を話してくれた。そして、どのような条件ならすべてを引き渡せるかも教えてくれた。僕たちが求めていた以上のものまで渡すつもりだという。
まあ、今はこのことについて、これ以上書く気にはなれない。母には、すべてうまくいくだろうと伝えてくれ。
そして親愛なる友よ、このささやかな一件を通して、僕はまた思った。
世の中の行き違いは、策略や悪意よりも、誤解と怠慢から生まれることの方が多いのではないか。少なくとも、策略や悪意の方がずっと珍しいことだけは確かだ。
それはそうと、僕はここでとても心地よく過ごしている。
この楽園のような土地では、孤独が僕の心を癒やす貴重な薬になっている。この若々しい季節のぬくもりが、寒さに震えがちな僕の心を隅々まで温めてくれる。
どの木も、どの生垣も、まるで花束のようだ。いっそコガネムシになって、この香りの海を漂いながら、そこにあるものだけで生きていけたらと思うほどだ。
町そのものは快適とはいえない。けれど、その周囲には言葉で表せないほど美しい自然が広がっている。
その美しさに惹かれた亡きM伯爵は、丘の一つに庭園を造った。いくつもの丘が美しい変化を見せながら重なり合い、その間に愛らしい谷を形づくっている。
庭は飾り気のない造りだ。
足を踏み入れればすぐに分かる。この庭を設計したのは、知識や技術を誇る庭師ではない。ここで自ら喜びを味わいたいと願った、豊かな心の持ち主なのだ。
伯爵が好んで過ごした、今では朽ちかけた小さなあずまやで、僕はもう何度も亡き人のために涙を流した。そこは今では、僕にとってもお気に入りの場所になっている。
もうすぐ僕は、この庭を自分のもののように使えるようになりそうだ。ここへ来てまだ数日しかたっていないが、庭師はもう僕を気に入ってくれている。
彼にとっても、きっと悪い話ではないだろう。
※本連載は、ゲーテ『Die Leiden des jungen Werthers』1774年初版の電子テキストを底本としています。原文はBibliotheca Augustanaで閲覧できます。
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