ゲーテの『ファウスト』は、ドイツ文学を代表する作品のひとつであり、世界文学の古典としても広く知られています。ゲーテが生涯の大半をかけて書き続けた大作で、詩・哲学・宗教・神話など、さまざまな要素を含んだ戯曲です。
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今回は『ファウスト・第一部』ネタバレあり紹介の②です。①はこちらをご覧ください。
シリーズ【題名は知ってるドイツ語文学】
題名だけは知っている。
いつか読もうと思っていた。
でも読まないまま何年も経った。
もうせめて、どんな話でどう終わるのかだけでも知りたい。
そんなドイツ語文学作品を、最初から結末までご紹介するシリーズです。これを読んで、分厚い本を読み終わった気分になりましょう!ネタばれ前提です。ご承知おきください。

作者紹介:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)は、ドイツを代表する詩人・劇作家・小説家です。『若きウェルテルの悩み』や『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』など多くの作品を残し、『ファウスト』は長い生涯をかけて書き続けた代表作です。ゲーテの生涯については、こちらの記事で詳しく紹介しています。
『ファウスト・第一部』②

登場人物
ファウスト:物語の主人公。あらゆる学問を修めた博士。悪魔メフィストフェレスとの賭けで若い姿を手に入れる。
メフィストフェレス:ファウストの前に現れる悪魔。ファウストに世の中の楽しみを味わわせようとする。
マルガレーテ(愛称グレートヒェン):若い姿のファウストと出会う、慎み深い少女。
マルテ:グレートヒェンの隣人。
街路(Straße)――①グレートヒェンとの出会い
街路でファウストは、一人の少女とすれ違った。少女の名はマルガレーテ(愛称グレートヒェン)。ファウストは彼女に近づき、
「美しいお嬢様、腕をお貸しして、お供してもよろしいでしょうか」
と声をかける。しかしグレートヒェンは、
「私はお嬢様でも、美人でもありません。一人で家へ帰れます」
ときっぱり断り、そのまま立ち去った。
ファウストは、たった今すれ違った少女の美しさにすっかり心を奪われた。これまで見たことがないほど美しく、慎み深く、貞淑でありながら、少し気の強いところも気に入った。赤い唇や明るい頬、伏せた目、そっけない受け答えまでが、強く心に残っていた。
そこへメフィストフェレスが現れる。ファウストは、今の少女を自分のものにしてほしいと要求する。
メフィストフェレスは、グレートヒェンがたった今、聴罪司祭のもとから出てきたところだと説明する。彼女は罪らしい罪もないほど無垢な少女であり、自分には手出しする力がないという。ファウストは、彼女はもう十四歳を過ぎているではないかと反論する。
メフィストフェレスは、目についた若い娘なら誰でも手に入れられると思っているような態度だと、ファウストをたしなめた。しかしファウストは聞く耳を持たず、今夜中にあの少女を自分の腕に抱けないなら、二人の関係は終わりだと言い出す。
メフィストフェレスは、近づく機会を探るだけでも、少なくとも二週間は必要だと答える。するとファウストは、自分に七時間も自由な時間があれば、悪魔の力など借りなくても、あの程度の少女なら誘惑できると言い放った。
メフィストフェレスは、ただ急いで手に入れるだけでは面白くないと諭す。この娘には強引なやり方は通用せず、策略を使って近づかなければならないというのである。
それでもファウストの気持ちは収まらない。彼は、グレートヒェンの身につけていたものが欲しいと言い、首に巻いていた布でも、靴下留めでもいいから手に入れてほしいと頼んだ。
そこでメフィストフェレスは、彼女が留守の間に、今夜にも部屋へ連れていってやろうと約束する。グレートヒェン本人に会えるわけではないが、彼女の部屋で、その姿や暮らしを感じながら過ごすことはできるというのだ。
ファウストはすぐに行きたがるが、まだ早いと止められる。そこで彼は最後に、グレートヒェンへの贈り物を用意するようメフィストフェレスに命じた。
メフィストフェレスは、贈り物をするのはよい考えだと応じ、昔から埋められている宝のありかを探しに向かった。
夕べ(Abend)
小さく清潔な部屋で、グレートヒェンは髪を編みながら、昼間に街路で声をかけてきたファウストのことを思い出していた。あの人はいったい誰だったのだろう、と気になっている。立派そうな人で、身分のある家の人に違いない。そうでなければ、あれほど大胆に声をかけてはこなかっただろう、と考えていた。
やがてグレートヒェンが部屋を出ると、メフィストフェレスに案内されたファウストが、そっと部屋へ入ってくる。
ファウストはメフィストフェレスに、一人にしてほしいと頼んだ。メフィストフェレスは部屋の中を見回し、これほどきれいにしている娘はそう多くないと言い残して出ていった。
一人になったファウストは、質素ながら整然とした部屋の中に、静けさや満ち足りた暮らしを感じ取る。貧しい部屋でありながら、彼にはそこが幸福に満ちた場所のように思えた。ベッドのそばの古い革張りの椅子に腰を下ろし、そこにグレートヒェンの家族が代々暮らしてきた姿を想像する。
さらにベッドのカーテンを開けると、ファウストは、ここでグレートヒェンが眠ってきたのだと思い、その清らかさに強く心を動かされた。
しかし同時に、自分が何のためにこの部屋へ忍び込んだのかを考え、戸惑い始める。少し前まで彼女を手に入れたいという欲望に駆られていたのに、実際にその部屋へ入ると、その気持ちは揺らいでいた。もし今この瞬間にグレートヒェンが戻ってきたなら、自分はこの無礼な行いを恥じるだろうと思う。
そこへメフィストフェレスが戻ってきた。グレートヒェンが下から戻ってくるのが見えたので、急いで立ち去らなければならないという。メフィストフェレスは、どこかから持ってきた重い小箱を取り出した。中には宝石が入っている。彼はその小箱をグレートヒェンの衣装箱の中へ隠し、再び鍵を閉めた。
ファウストは一瞬、こんなことをしてよいのかためらう。しかしメフィストフェレスは、彼女の心をこちらへ向けるための贈り物なのだから迷う必要はないと言い、ファウストを連れて部屋を出ていった。
ほどなくして、グレートヒェンがランプを持って戻ってきた。部屋の中が妙に蒸し暑く、息苦しいように感じられたため、彼女は窓を開けた。外はそれほど暑くないのに、なぜか体がぞくぞくし、母親が早く帰ってくればいいのにと思う。
着替えながら、グレートヒェンは「トゥーレの王」の歌を歌い始めた。それは、亡くなった恋人から贈られた金の杯を生涯大切にし、死の直前にその杯を海へ投げ入れた王の歌だった。
やがて衣装をしまおうと箱を開けたグレートヒェンは、見覚えのない小箱を見つける。確かに自分で鍵をかけたはずなのに、どうしてこんなものが入っているのだろう。誰かが質草として持ってきて、母親がお金を貸したのだろうか、と不思議に思った。
小箱には小さな鍵がついていた。グレートヒェンが開けてみると、中には見たこともないほど豪華な宝石が入っていた。
彼女は驚き、これほどの宝石なら、身分の高い女性が晴れの日につけるようなものだと思った。そして、首飾りを身につけた自分はどのように見えるだろうと考え、鏡の前で宝石を身につけてみる。
華やかな装飾品を身につけた自分の姿を見て、グレートヒェンは、若さや美しさだけでは人は注目してくれないのだと思う。結局、人の目を引くのは金なのだ。
そう考えながら、彼女は宝石に見入っていた。
散歩(Spaziergang)
ファウストが考え込みながら歩いているところへ、メフィストフェレスがひどく腹を立てた様子でやって来た。ファウストが何があったのかと尋ねると、メフィストフェレスは、グレートヒェンのために用意した宝石が、聖職者に持っていかれてしまったと話し出した。
グレートヒェンの母親は、娘が持っていた見覚えのない宝石を見て不安を覚えたのだ。彼女は信心深く、その品が正しい方法で手に入ったものではないと感じ取ったのである。そこで母親は、
「不正に得たものは魂をとらえ、血をむしばむ。聖母様に捧げましょう」
と言い、宝石を教会へ寄進することにした。グレートヒェン自身は、せっかく贈られた宝石を手放すことを残念に思っていた。あれほど立派なものを置いていった人物が、悪い人であるはずはないとも考えていた。
母親に呼ばれてやって来た聖職者は、宝石を見ると喜んで受け取り、教会だけは不正に得た財産を消化できるのだと語った。
メフィストフェレスは、聖職者が留め金も首飾りも指輪も、まるで何でもないもののように持ち去り、その代わりに天からの褒美を約束しただけだったと、皮肉たっぷりにファウストへ報告した。
ファウストがグレートヒェンの様子を尋ねると、彼女はいまも落ち着かず、昼も夜も宝石のことを考えているという。そして宝石以上に気になっているのが、それを自分の部屋へ置いていった人物だった。
それを聞いたファウストは、グレートヒェンが悲しんでいることを気の毒に思い、すぐに新しい宝石を用意するようメフィストフェレスに命じた。さらに、グレートヒェンの隣人に近づくよう命じ、新しい贈り物を届けるよう急かした。
メフィストフェレスは承知する。ファウストが去ると、恋に夢中になった愚か者なら、愛する娘を楽しませるために太陽も月も星も吹き飛ばしてしまうだろう、と皮肉るのだった。
隣家(Der Nachbarin Haus)
グレートヒェンの隣人マルテは、家を出たきり戻ってこない夫のことを嘆いていた。自分は夫を心から愛していたのに、彼は妻を置き去りにして世界へ出ていってしまった。もしかすると、すでに死んでいるのかもしれない。しかし、それならそれで死亡証明さえあればよいのに、と考えていた。
そこへグレートヒェンが駆け込んできた。衣装箱の中に、また見覚えのない小箱が入っていたのだ。今度は黒檀の箱で、中には前回をはるかに上回る豪華な宝石が収められていた。
マルテは、今度こそ母親には話さない方がよいと言う。知られれば、またすぐに聖職者のところへ持っていかれてしまう。そこでグレートヒェンに宝石を身につけさせ、これからは自分の家へ来て、こっそり身につけて鏡の前で楽しめばよいと勧める。そして、機会があれば、まず首飾り、次に耳飾りというように少しずつ人前で見せていけば、母親にも気づかれにくいだろうと言った。
グレートヒェンは、いったい誰が二度も小箱を置いていったのだろうと不思議がった。どう考えても普通のことではない。
そのとき、家の戸を叩く音がした。グレートヒェンは母親ではないかと慌てるが、マルテが確かめると見知らぬ男だった。入ってきたのはメフィストフェレスである。
メフィストフェレスはマルテ・シュヴェルトラインを訪ねてきたと言い、彼女の夫について知らせがあると告げた。夫はすでに死んでおり、パドヴァの聖アントニウスのもと、聖別された場所に葬られているというのである。
突然夫の死を知らされたマルテは嘆き悲しむ。しかし、夫が自分に何か残していなかったのかと尋ねると、メフィストフェレスが伝えたのは、夫のために三百回のミサをあげてほしいという頼みだけだった。金も宝石も、形見になるようなものさえないと聞き、マルテは不満をあらわにした。
メフィストフェレスはさらに、夫の最期の様子を語り始めた。夫は死の床で、仕事と妻を捨ててしまったことを悔やみ、マルテに許してもらいたいと言っていたという。マルテは涙を流しながら、自分はとっくに夫を許していると答えた。
ところがメフィストフェレスが、夫は同時に「妻の方にも自分以上に責任があった」と言っていたと続けると、マルテは、死ぬ間際にまでそんな嘘をつくなんて、と怒り出した。
メフィストフェレスの話によれば、夫はマルタ島を出たあと、乗っていた船がトルコ船を捕らえ、その積み荷からかなりの分け前を得たという。ところが、その金がどこへ消えたのかは分からない。ナポリでは、ある美しい女性が彼の面倒を見て、最期まで親しくしていたという。これを聞いたマルテは、子どもたちの金まで使い果たして女と遊んでいたのかと激怒した。
メフィストフェレスは、夫を一年ほどきちんと悼んだあとは、新しい夫を探してはどうかと勧めた。マルテは、あれほど旅好きで、よその女や酒や賭け事を好んだ夫だったとはいえ、同じような相手を見つけるのは難しいと答えた。
やがてメフィストフェレスはグレートヒェンにも、恋人はいないのかと探るような言葉を向けた。しかしグレートヒェンには、その意味さえよく分からない。メフィストフェレスは心の中で、彼女を無垢な娘だと評した。
帰ろうとするメフィストフェレスを、マルテが引き留めた。夫がいつ、どこで、どのように死んで埋葬されたのか、正式な証明がほしいというのである。
そこでメフィストフェレスは、証人になってくれる男を連れてくると約束する。さらに、その男は旅慣れた立派な若者で、女性にも礼儀正しい人物だとグレートヒェンの前で紹介した。マルテは、その日の夕方、家の裏にある自分の庭で二人を待つことにした。
街路(Straße)――②偽りの証言
ファウストはメフィストフェレスに、グレートヒェンとのことはうまく進んでいるのか、いつ会えるのかとせき立てた。メフィストフェレスは、その日の夕方、隣人マルテのところでグレートヒェンに会えると知らせた。マルテは、仲を取り持つにはうってつけの女だという。
ただし、そのためにはこちらも一つ頼みを引き受けなければならない。マルテの夫がパドヴァの聖なる場所に葬られていることを、二人で証言する必要があるというのである。ファウストは、
「なるほど。それなら、まずパドヴァまで行って確かめてこなければならないな」
と皮肉を言った。しかしメフィストフェレスは、そんな必要はない、何も知らないまま証言すればよいと平然と答える。ファウストは、そんなことをするくらいなら、この計画はやめだと言う。するとメフィストフェレスは、今さら何を聖人ぶっているのかとファウストをからかった。
これまでファウストは、神とは何か、世界とは何か、人間の頭や心の中で何が起こっているのかについて、まるですべてを知っているかのように堂々と語ってきた。しかし本当のところ、それらについて知っていることは、マルテの夫シュヴェルトラインの死について知っていることと大して変わらないではないか、と指摘するのである。
ファウストは、メフィストフェレスを「おまえはどこまでも嘘つきで、詭弁家だ」と非難した。
ところがメフィストフェレスは、さらにファウスト自身の恋愛に話を向けた。グレートヒェンを誘惑するときには、心から彼女を愛していると誓うのではないか。そして永遠の貞節や愛、ただ一つの全能の情熱について語るのではないか。それも本当に心の底から言えることなのか、と問いかけた。
ファウストは、それは心からのものだと反論する。
自分の中に湧き上がる感情に名前をつけようとしても、ふさわしい言葉が見つからない。そこで世界中のあらゆる言葉を探し、その燃える思いを「無限」や「永遠」と呼んだとして、それが悪魔の言うような「嘘」になるのか、と言うのである。
メフィストフェレスは、それでも自分の方が正しいと言い張った。ファウストは、口の達者な者が最後まで言い張れば、結局はそちらが勝つものだと応じた。そして、もう議論にはうんざりしたと言い、
「おまえの言う通りだ。何より、私にはそうするしかないのだから」
と話を打ち切った。
庭(Garten)
その日の夕方、マルテの庭で、グレートヒェンがファウストの腕につかまり、マルテとメフィストフェレスも連れ立って歩いていた。
グレートヒェンは、自分のような娘にファウストが気を遣い、話を合わせてくれているのだろうかと心配した。旅をして多くのことを知っている人にとって、自分のつまらない話など退屈に違いないというのである。しかしファウストは、
「君の一度のまなざし、一言の方が、この世のあらゆる知恵よりもずっと心を楽しませてくれる」
と言い、グレートヒェンの手に口づけた。グレートヒェンは、働きづめで荒れている自分の手を、どうしてそんなふうに口づけできるのかと恥ずかしがった。母親は何事にも几帳面で、彼女はこれまでずっとたくさんの仕事をしてきたのだという。
庭の向こうでは、マルテはメフィストフェレスに、いつまで旅を続けるつもりなのかと尋ねていた。若いうちは自由に世界を歩き回るのもよいが、年を取って独身のまま死んでいくのは寂しいものだと、結婚を勧めるような話をする。
メフィストフェレスは、仕事や義務のために旅を続けざるを得ないのだと答えた。マルテは、そんな暮らしを続けて年を取るのはよくないと、今のうちによく考えた方がよいと念を押した。
その頃、グレートヒェンは、ファウストには自分よりずっと物分かりのよい友人が大勢いるだろうから、すぐに自分のことなど忘れてしまうのではないかと不安を口にしていた。
ファウストは、世間で賢いと呼ばれているものの多くは、実際には虚栄や狭い考えにすぎないと言い、グレートヒェンの素朴さや慎ましさこそ、自然が与えた最高のものだと称えた。するとグレートヒェンは、
「ほんの少しでも私のことを思い出してくださるなら、私はいつでもあなたのことを思っていられます」
と答えた。
ファウストが、いつも一人でいるのかと尋ねると、グレートヒェンは自分の暮らしについて話し始めた。家は小さく、女中はいないため、料理、掃除、編み物、裁縫などをすべて自分でしなければならない。母親は何事にも几帳面であった。ただし、家が特別貧しいというわけではなく、亡くなった父親がいくらかの財産と家、それに町の外の小さな庭を残してくれたという。
兄は兵士になり、妹はすでに亡くなっている。その妹は父親の死後に生まれたが、出産後の母親はひどく衰弱し、自分で赤ん坊を育てることができなかった。そのため、グレートヒェンが牛乳と水を飲ませながら、ほとんど一人で妹を育てたのである。
夜には妹のゆりかごを自分のベッドのそばに置き、少し動いただけでも目を覚ました。飲ませたり、抱き上げたり、泣きやまなければ部屋を歩き回ったりし、そのうえ朝になれば洗濯をし、市場や台所の仕事もしなければならなかった。大変な日々ではあったが、それだけに食事も休息もありがたく感じられたのだと、グレートヒェンは語った。
一方、マルテはなおもメフィストフェレスの結婚話をあきらめていなかった。これまで誰かに心を奪われたことはないのかと繰り返し尋ねるが、メフィストフェレスは「自分の家と立派な妻がいる暮らしは金と真珠に値する」などと言いながら、巧みに返事をかわしていた。
その後、ファウストはグレートヒェンに、庭へ来たときから自分に気づいていたのかと尋ねた。グレートヒェンは、気づいていたからこそ目を伏せたのだと答えた。
ファウストが、最初に街路で突然声をかけた無礼を許してくれたのかと尋ねると、グレートヒェンは、あのときは驚いたと打ち明けた。それまで自分について悪く言う人はいなかったため、ファウストが自分の態度に何か軽薄で品のないところを見つけ、簡単に声をかけてもよい娘だと思ったのではないか、と心配したというのだ。
けれども彼女は、ファウストに腹を立てきれない自分にも気づいていた。グレートヒェンは庭に咲いていた花を一輪摘み、花びらを一枚ずつちぎり始める。
「愛してる――愛してない――愛してる――愛してない……」
最後の一枚をちぎると、
「愛してる!」
となった。ファウストは喜び、その花の言葉を神託だと思えばよい、自分は本当に彼女を愛しているのだと言って、両手を握った。そして、言葉では言い表せないほどの思い、すべてを相手に捧げること、その幸福が永遠に続いてほしいという気持ちを語った。
グレートヒェンはファウストの手を握り返すが、やがて振りほどいて走り去る。ファウストは一瞬考え込んだあと、その後を追った。
夜が訪れようとしていた。メフィストフェレスがそろそろ帰ろうと言うと、マルテは、本当はもっと長くいてほしいが、近所の人々は他人の行動ばかり気にしているので、長く一緒にいるところを見られれば噂になってしまうと言った。そして、ファウストとグレートヒェンの二人はどうしたのかと尋ねた。
メフィストフェレスは、二人はあちらの小道へ飛んでいったと答えた。マルテが、ファウストはグレートヒェンを気に入っているようだと言うと、メフィストフェレスは、
「そして彼女も彼を。世の中とはそういうものですよ」
と答えた。
庭のあずまや(Ein Gartenhäuschen)
グレートヒェンは庭のあずまやへ駆け込み、扉の陰に隠れて、隙間からファウストが近づいてくる様子をうかがっていた。やがてファウストがやって来ると、グレートヒェンを見つけ、
「いたずらっ子め、私をからかっていたな。見つけたぞ!」
と言って、彼女に口づけた。グレートヒェンもファウストを抱きとめ、その口づけに応えた。そして、
「あなたのことを心から愛しています」
と、自分の気持ちをはっきりと告げた。そのとき、メフィストフェレスが戸を叩いた。ファウストは苛立った様子で「誰だ?」と尋ねるが、メフィストフェレスは、もう別れる時間だと告げた。そこへマルテもやって来て、もう遅いからそろそろ帰るよう促した。
ファウストはグレートヒェンを送っていこうとしたが、彼女は母親のことを気にして断った。グレートヒェンは「近いうちにまた会いましょう」と別れを告げ、ファウストはメフィストフェレスとともに立ち去った。
一人残ったグレートヒェンは、ファウストがあまりにも多くのことを考えられる人であることに感心していた。それに比べ、自分は何も知らないただの娘で、彼の前では恥ずかしくなり、何を言われても「はい」と答えることしかできない。それなのに、ファウストが自分のどこを気に入ったのか分からない、と不思議に思うのだった。
<③に続く>
「トゥーレの王(Der König in Thule)」について
今回の記事の中で、グレートヒェンが自室で歌っている「トゥーレの王」ですが、これはゲーテが1774年に書いたバラードです。亡き恋人から贈られた金の杯を生涯大切にした王が、死を前にその杯を海へ投げ入れるという内容です。のちにシューベルトをはじめ多くの作曲家が曲をつけました。
おすすめの書籍
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第一部②はここまでです。若返ったファウストは若いグレートヒェンと恋に落ちましたが、この先には悲劇が待ち受けます。③に続きます。
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画像出典:*1 By Engelbert Seibertz – Cotta’scher Verlag. Stuttgart & Tübingen, 1854Älter als 100 Jahre, daher gemeinfrei., CC0, Link




