子供の頃に見た映画、『ネバーエンディング・ストーリー』で初めてミヒャエル・エンデの名前を知った人も多いのではないでしょうか?実は、私もそのひとりです。白い竜ファルコンや不思議な生き物たちが躍動するあの映像は、多くの人に強烈な印象を残しました。
しかし、原作者であるエンデ自身が、この映画に対して激しい怒りを抱き、裁判まで起こしていたことは意外と知られていません。

今回は、親日家としても知られる巨匠ミヒャエル・エンデの知られざる生涯をたどってみます。
ナチス時代と戦争の中で育った少年
「退廃芸術家」とされた父エドガー・エンデ
ミヒャエル・アンドレアス・ヘルムート・エンデ(Michael Andreas Helmuth Ende)は1929年、バイエルン州ガルミッシュで生まれました。父エドガー・エンデは、夢や無意識の世界を描くシュルレアリスムの画家であり、幼いミヒャエルにとって、父の絵に描かれた幻想世界は、日常の現実と同じほど身近なものでした。
しかし1936年、父の作品はナチス政権から「退廃芸術」とみなされ、職業禁止処分を受けます。展覧会への出品も許されなくなりましたが、父は人目を避けて絵を描き続けました。一家の生活を支えたのは、母ルイーゼでした。自由な芸術が弾圧される時代に、父がひそかに守り続けた幻想の世界は、後のエンデに大きな影響を与えました。
召集令状を破り、抵抗運動の伝令に
戦争が始まると、エンデは12歳でミュンヘン空襲を経験し、1943年には親戚を訪ねていたハンブルクで大空襲に遭遇しました。翌年には父のアトリエも焼け、250点を超える絵画や素描が失われます。
終戦直前、15歳前後の少年たちまで戦場へ送られるなか、エンデにも召集命令が届きました。しかし命令書を破り捨ててミュンヘンへ戻り、反ナチス抵抗組織「バイエルン自由行動」に連絡係として協力しました。幼いころからのナチス支配と戦争体験は、のちの「現実とは何か」「人間を支配する力とは何か」という作品世界の背景にあります。
十社以上に断られた『ジム・ボタン』

『ジム・ボタン』は日本でも1974年にテレビアニメになっています。私も子供の頃に見た記憶があります。アニメの詳細はこちら(外部サイト)。
俳優を目指した青年が児童文学作家になるまで

戦後、エンデはミュンヘンのオットー・ファルケンベルク演劇学校で学び、卒業後は地方劇団の俳優となりました。しかし与えられるのは老人や悪役ばかり。やがてミュンヘンへ戻り、映画評論や政治風刺劇の台本を書きながら、作家になる道を模索します。
1950年代末に書き上げた『ジム・ボタンの機関車大旅行』は、長すぎる児童書だとして十社以上の出版社から拒絶されました。ようやく1960年に出版されると、翌年にはドイツ児童文学賞を受賞。エンデは一躍、人気作家となります。
『モモ』誕生と「現実逃避文学」への批判

『ジム・ボタン』が成功しても、ドイツの批評家たちは幻想文学を「現実逃避」とみなし、エンデを子供向けの作家として軽視しました。こうした風潮に息苦しさを感じた彼は、1971年に妻インゲボルクとともにイタリアへ移住します。
ローマ近郊の町ジェンツァーノで完成させたのが、時間泥棒と少女の戦いを描く『モモ』でした。1973年に出版された作品は世界的なベストセラーとなり、幻想文学を『現実逃避』と批判した人々の見方に反し、『モモ』は効率に追われる現代社会の姿を鋭く描き出していました。
『はてしない物語』の世界的成功と映画への怒り
三年をかけて生み出したファンタージエン

1977年、出版社から新作を求められたエンデは、書き留めていた「少年が本を読んでいるうちに物語の中へ入り、なかなか出られなくなる」というアイデアを選びました。当初は100ページほどの作品になる予定でしたが、物語は際限なく広がっていきました。エンデいわく、「主人公バスチアンが、どうしてもファンタージエンから帰ろうとしなかった」のです。
約三年をかけて完成した『はてしない物語』は、1979年に出版されました。初版はわずか2万部でしたが、口コミで人気が広がり、三年後には100万部を突破。40以上の言語に翻訳され、エンデ最大の世界的成功となりました。
映画『ネバーエンディング・ストーリー』をめぐる裁判
1984年、ウォルフガング・ペーターゼン監督による映画『ネバーエンディング・ストーリー』が公開されました。エンデも当初は制作に協力していましたが、完成した映画を見て、原作の精神を歪めた商業作品だと激怒します。
エンデは自分の名前を映画から外し、物語の論理に反する場面を削除するよう要求しました。出版社とともに制作会社を訴えましたが、裁判には敗れ、映画はそのまま公開されます。作品は世界的な大ヒットとなった一方、エンデにとっては生涯消えることのない苦い経験となりました。
日本を愛したミヒャエル・エンデ
日本人翻訳家との出会いと宮沢賢治
1976年、エンデはボローニャ国際児童図書展で、ミュンヘン国際児童図書館に勤めていた日本人翻訳家・佐藤真理子と出会います。彼女はエンデの作品を日本語に訳す一方、日本文化についてのさまざまな疑問にも答えました。
1977年から1980年にかけて、二人は宮沢賢治の童話約十編をドイツ語に翻訳しました。残念ながら出版には至りませんでしたが、共同作業を通じて親しい友人となります。1985年、最初の妻インゲボルクが急死すると、エンデはイタリアを離れてミュンヘンへ戻り、1989年に真理子と再婚しました。
日本で愛され続ける作品とエンデの晩年
エンデは1977年の初来日で、歌舞伎や能、禅の世界に触れ、その後もたびたび日本を訪れました。日本での人気は高く、1993年までに『モモ』と『はてしない物語』だけで、合わせて200万部以上を売り上げています。
1994年、エンデは胃がんと診断され、手術と治療を受けましたが、翌1995年8月28日に65歳で亡くなりました。効率を追い求める社会に疑問を投げかけた『モモ』や、想像力の意味を問いかけた『はてしない物語』は、現在も日本をはじめ世界中で読み継がれています。

エンデの作品紹介
日本で今も愛され、読み続けられているエンデの作品を紹介します。
モモ
廃墟に住む不思議な少女モモには、ひとつの特別な才能がありました。それは、人の話をただ静かに聞くこと。しかしある日、灰色の男たちが街に現れ、人々から「時間」を少しずつ奪い始めます。奪われた時間はいったいどこへ消えていくのでしょうか?
はてしない物語
いじめられっ子の少年バスチアンは、ある日一冊の本を手にします。読み進めるうちに、本の中の世界「ファンタージエン」が滅びの危機に瀕していること、そしてその世界を救える人物の正体に気が付くのです。
上記の2作品は、アマゾンのオーディオブックAudibleのプレミアムプランに入会すると聴き放題対象です。今なら こちらのリンクから 申し込むと、最初の30日間無料なので、ぜひお試しください(無料期間中にいつでも退会できます)。
2026年8月現在、次の3点がプレミアムプランの聴き放題対象になっています。
- 『モモ』完全版:12時間46分、朗読・高山みなみ
- 『はてしない物語 上』完全版:9時間20分、朗読・緒方恵美
- 『はてしない物語 下』完全版:12時間2分、朗読・緒方恵美

私も30日間無料で入会して、両作品とも無料で聴きました!大好きな声優さんたちの朗読で、すごく聴きごたえがあって大満足です♡(そしてすぐに退会しました、、すみません)💦
日独、ミヒャエル・エンデの世界に触れられる博物館
ミュンヘンの「ミヒャエル・エンデ博物館」
ミュンヘン西部のブルーテンブルク城にある国際児童図書館(Internationale Jugendbibliothek)内に、常設の「Michael-Ende-Museum」があります。
エンデの蔵書、家具、手紙、写真、絵、愛用品のほか、本人の書き込みが残る『モモ』のタイプ原稿なども収蔵・展示されています。
📍住所:Schloss Blutenburg, Seldweg 15, 81247 München
🌐公式サイト(英)
🕛開館時間:土日 14:00~17:00(祝日は休館)
🎫 入場料:大人4ユーロ、18歳まで無料
日本の「黒姫童話館」
長野県信濃町の黒姫童話館には、「ミヒャエル・エンデの世界」という常設展示があります。エンデの遺愛品や『モモ』の自筆挿絵、カメのコレクションなど約2,000点を所蔵し、そのうち約300点を展示しています。日本でエンデの個人資料を常設展示している唯一の施設です。
詳細は🌐公式サイトでご確認ください。
おわりに
子どもの頃に出会った物語を、大人になってから読み返すと、まったく違う景色が見えてくることがあります。『モモ』や『はてしない物語』も、エンデという人物を深く知ってから読むと、また新しい発見があるかも知れません。
かつて夢中になった人も、まだ読んだことのない人も、この機会にエンデの世界を訪れてみてはいかがでしょうか。

私は『はてしない物語』が大好きで、もう3回も読んだんですよ!
📚ドイツには、音楽や芸術、科学や政治など、さまざまな分野で世界に名を残した人たちがいます。彼らの生涯や功績を紹介する記事は、[ドイツの偉人・有名人カテゴリー]にまとめています。
画像出典:
*1 Von Fotografie: wwwuppertal / Bearbeitung (Ausschnitt erstellt, schräge Ansicht geradegezogen): Christoph Waghubinger (Lewenstein) – Diese Datei wurde von diesem Werk abgeleitet: Familienbibliothek Tuermchen – Jim-Knopf-Wandbild.jpg, CC BY 2.0, Link
*2 Benutzer:AxelHH – 投稿者自身による著作物, パブリック・ドメイン, リンクによる
*3 Von Corradox – Eigenes Werk, CC BY-SA 4.0, Link
*4 Anselm Rapp – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, リンクによる


