第3回【ファウスト・第一部前編】|題名は知ってるドイツ語文学

『ファウスト・第一部』イメージ画像 ドイツ文学と翻訳
『ファウスト・第一部』前編

ゲーテの『ファウスト』は、ドイツ文学を代表する作品のひとつであり、世界文学の古典としても広く知られています。ゲーテが生涯の大半をかけて書き続けた大作で、詩・哲学・宗教・神話など、さまざまな要素を含んだ戯曲です。

★本ページにはプロモーションが含まれています。

まいん
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今回は『ファウスト・第一部』を、ネタバレありで前後編に分けてご紹介します。

シリーズ【題名は知ってるドイツ語文学】

題名だけは知っている。
いつか読もうと思っていた。
でも読まないまま何年も経った。
もうせめて、どんな話でどう終わるのかだけでも知りたい。

そんなドイツ語文学作品を、最初から結末までご紹介するシリーズです。これを読んで、分厚い本を読み終わった気分になりましょう!ネタばれ前提です。ご承知おきください。

積まれた数冊のドイツ文学の本

作者紹介:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)は、ドイツを代表する詩人・劇作家・小説家です。『若きウェルテルの悩み』や『ヴィルヘルム・マイスター』など多くの作品を残し、『ファウスト』は長い生涯をかけて書き続けた代表作です。ゲーテの生涯については、こちらの記事で詳しく紹介しています。

はじめに

ゲーテの『ファウスト』は、小説ではなく、詩で書かれた戯曲です。登場人物の台詞とト書きによって物語が進み、書斎や街角だけでなく、天上や魔女の世界など、現実と幻想を行き来しながら展開します。

まいん
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本編の前には、以下の2つの導入がありますが、この記事では割愛します。

  1. 『Zueignung(献辞)』:ゲーテが若い頃に『ファウスト』を書き始めた時代を振り返り、初期の作品を聞いた、今は亡き友人や遠く離れた人々をしのぶ詩です。
  2. 『Vorspiel auf dem Theater(劇場での前戯)』:劇場支配人・詩人・道化役が「どのような芝居を作るべきか」を議論する、物語本編とは別のメタ的な導入です。

『ファウスト・第一部』前編

『ファウスト 第一部』初版(1808年)
『ファウスト 第一部』初版(1808年)(出典*1)

登場人物

ファウスト:物語の主人公。あらゆる学問を修めた博士。

メフィストフェレス:ファウストの前に現れる悪魔。

:天上でメフィストフェレスと賭けをする。

ワーグナー:ファウストの助手。書物と学問を重んじる人物。

学生:ファウストに教えを請うため書斎を訪れる。

魔女:奇妙な薬を作る魔女。

大天使たち:ラファエル、ガブリエル、ミヒャエル。天上で神の世界をたたえている。

酒場の男たち:フロッシュ、ブランダー、ジーベル、アルトマイヤー。アウアーバッハス・ケラーで酒を飲んでいる。

天上の序曲(Prolog im Himmel)

天上では、三大天使ラファエル、ガブリエル、ミヒャエルが、太陽や大地、海、嵐など、神が創造した世界の壮大さをたたえていた。

そこへメフィストフェレスが現れる。彼は天使たちのように世界を称賛することはなく、地上で苦しんでいる人間の話を始めた。人間は神から理性を与えられながら、その理性を使って動物よりも愚かに生きている、と皮肉る。

神はメフィストフェレスに、ファウストという博士を知っているかと尋ねた。ファウストは、地上のものだけでは満足できず、天からは最も美しい星を、地上からは最も大きな喜びを求めている。しかし、どれほど遠くへ手を伸ばしても、その心が満たされることはない。

神は、ファウストが今は迷いながら自分に仕えているものの、やがて正しい道へ導かれると信じていた。これに対し、メフィストフェレスは、ファウストを自分の道へ引き込んでみせると申し出る。

神は、ファウストが生きている間、メフィストフェレスが彼を誘惑することを許した。そして、人間は何かを求めて努力する限り、迷い続けるものだと語る。

メフィストフェレスは、自分がファウストを堕落させられると確信していた。一方、神は、たとえ暗い衝動の中にあっても、善良な人間は正しい道を見失わないと考えていた。こうして、神とメフィストフェレスの間で、ファウストをめぐる賭けが始まった。

夜(Nacht)

場面は、天井の高い、狭く薄暗い書斎へと移る。

ファウストは、哲学、法律、医学、さらには神学まで、長い年月をかけて学んできた。博士として学生たちを教えてもいる。しかし、あれほど学問を究めたにもかかわらず、自分は結局、何ひとつ本当に理解していないと感じていた。

自分はほかの学者たちより賢いと思っている。地獄や悪魔を恐れてもいない。それでも、知識によって人々を導くことも、よりよい人間にすることもできない。財産も名誉もなく、生きる喜びさえ失っていた。

学問だけでは世界の真理にたどり着けないと悟ったファウストは、魔術に頼ろうとしていた。言葉を並べて知識を語るのではなく、世界をその内側から動かしている力を直接知りたいと願ったのである。

書斎には古い本や紙、器具、骨などが積み上げられていた。ファウストは、それらに囲まれた自分の暮らしを牢獄のように感じていた。生きた自然から切り離され、死んだ知識の中に閉じ込められていると思った。

やがてファウストは、ノストラダムスが記したという魔術の書を開く。そこに描かれた「大宇宙のしるし」を見ると、自然界のすべてが互いにつながり、働きかけながら一つの全体を形作っているように感じられた。

一瞬、ファウストは自分が神に近づいたかのような喜びに満たされる。しかし、それはあくまで目の前に描かれた図にすぎず、自然そのものをつかんだわけではなかった。

次に彼は「地霊のしるし」を見つける。こちらには強い親近感を覚え、自分も地上の喜びや苦しみを引き受け、世界の中で力強く生きられるような気がした。

ファウストが呪文を唱えると、炎の中から地霊が姿を現した。しかし、実際に現れた地霊の恐ろしい姿を見て、ファウストはひるんでしまう。それでも自分は地霊と同じ存在だと言い張るが、地霊は冷たく否定した。

「おまえが似ているのは、おまえが理解できる霊だけだ。私ではない」

そう言い残して、地霊は消えた。自分は神の似姿であり、霊の世界に近づけると思っていたファウストは、地霊に拒絶されたことで打ちのめされた。そこへ、助手のワーグナーが訪ねてくる。

ワーグナーは、ファウストが何かを朗読していたと思い、話し方や弁論術について教えを請う。彼は書物を読み、過去の学者たちの考えを学ぶことに価値を感じていた。

しかしファウストは、心から出た言葉でなければ、人の心を動かすことはできないと語る。ほかの書物から言葉を集め、見栄えよく並べるだけでは、本当の意味で人に伝わるものにはならない。

ワーグナーはなおも、過去の思想を学び、知識を積み重ねることの大切さを説く。だが、ファウストにとって、そのような学問はすでに空虚なものになっていた。夜も更けたため、ワーグナーは翌日の復活祭にまた話を聞きたいと言って帰っていく。

ひとりになったファウストは、地霊に拒絶された自分の小ささを改めて思い知らされる。どれほど本を読み、道具を集めても、世界の真理には近づけない。人間が知ることのできる範囲そのものに、絶望を感じていた。

そのとき、彼の目に小さな薬瓶が留まる。中には、死をもたらす毒薬が入っていた。ファウストは古い杯を取り出し、毒を注ぐ。死ぬことによって、この狭い地上の世界から抜け出し、新たな領域へ進もうとしたのである。

彼が杯を口へ運ぼうとした瞬間、復活祭を告げる鐘の音と、天使たちの歌声が聞こえてきた。ファウストは、キリストの復活を心から信じているわけではなかった。それでも、幼い頃から聞き慣れた鐘と歌は、かつての信仰や春の喜びを思い起こさせた。

少年時代の記憶がよみがえり、ファウストの目には涙があふれた。彼は杯を置く。信仰そのものではなく、過去の記憶と人間らしい感情によって、ファウストは死を思いとどまったのだった。

城門の外(Vor dem Tor)

『ファウスト』城門の外
城門の外(出典 *2)

復活祭の日、人々は町の外へ繰り出していた。職人の若者たちは、どこへ遊びに行くかを相談し、女中や学生たちは異性の話に夢中になっている。市民たちは市長や税金への不満をこぼし、遠い国で起きている戦争を酒を飲みながら話題にする。着飾った娘たち、物乞い、兵士など、さまざまな人々が春の休日を楽しんでいた。

ファウストも、助手のワーグナーとともに町の外を歩いていた。冬が終わり、川や小川の氷が解け、野には緑が戻り始めている。暗い家や狭い路地から外へ出てきた人々を見て、ファウストは、まるで人々自身も復活したかのようだと感じた。

町の中では書物と学問に囲まれ、絶望していたファウストも、春の日差しと人々の活気の中では、しばし心を解放される。一方、ワーグナーは庶民の騒がしさを好まなかった。音楽や踊り、叫び声を粗野なものと考え、ファウストのような学者が、そのような人々の中を歩くことに価値を見いだせずにいた。

村人たちは、木の下で歌い、踊っていた。やがて一人の老農夫がファウストに酒を差し出し、彼を歓迎する。村人たちは、かつてこの地方で疫病が流行した際、ファウストとその父が病人を治療したことを覚えていた。多くの人が、二人のおかげで命を救われたと信じ、ファウストを深く敬っていた。

しかし、その称賛を聞いたファウストの心は重くなる。彼の父は、秘密の作業場でさまざまな材料を混ぜ合わせ、薬を作っていた。若い頃のファウストも父に従い、その薬を多くの患者に与えた。だが、実際には薬が人々を救ったのか、それともかえって死に追いやったのか分からない。

ファウストは、自分たちが疫病そのものよりも多くの害を与えたかもしれないと考えていた。村人たちが恩人としてたたえる一方で、彼自身は、自分たちが人々を死なせたのではないかという罪悪感を抱いていた。

ワーグナーは、父から受け継いだ医学を誠実に実践したのだから、ファウストが自分を責める必要はないと言う。しかし、ファウストは、知っていることは役に立たず、本当に必要なことは知ることができないと嘆いた。

夕日が沈み始めると、ファウストは、太陽を追って空の彼方まで飛んでいきたいという衝動に駆られる。彼の胸には二つの魂が住んでいた。一つは肉体的な欲望によって地上の世界にしがみつき、もう一つは地上を離れて、より高い世界へ昇ろうとしている。

ファウストは、自分を新しい世界へ運んでくれる霊の力を求めた。これに対しワーグナーは、霊を呼び寄せれば人間を欺き、災いをもたらす危険があると警告する。

日が暮れ、二人が町へ戻ろうとしたとき、ファウストは野原を走る一匹の黒いプードルに気づいた。犬は大きな円を描きながら二人の周囲を回り、少しずつ近づいてくる。ファウストには、その後ろに炎の渦が続いているように見えた。

しかしワーグナーには、ごく普通の犬にしか見えなかった。主人を探しているだけであり、その動きも犬によくあるものだと言う。やがてプードルは二人のすぐそばまで近づいてきた。ファウストも、自分の思い違いだったのかもしれないと考え、その犬を連れて町へ戻ることにした。

書斎(Studierzimmer)――①プードルの正体

ファウストは、黒いプードルを連れて書斎へ戻った。外ではすでに夜が深まり、野原や町は闇に包まれている。散歩の間に少し心を取り戻していたファウストは、静かな部屋で再び聖書に向き合おうとした。

彼は『新約聖書』の冒頭にある「初めに言葉があった」という一節を、ドイツ語に訳そうとする。しかし、ファウストは「言葉」をそれほど高く評価できなかった。そこで、「初めに意味があった」と訳そうとするが、それでも納得できない。次に「初めに力があった」と考え、最後には、「初めに行為があった」と書き直す。

その間、プードルは落ち着かず、うなったり吠えたりしていた。ファウストが静かにするよう命じても、犬の様子はますます異様になっていく。やがてプードルの体は、長く、大きく膨れ上がった。もはや普通の犬とは思えず、恐ろしい姿となって部屋を満たし始める。

ファウストは、家の中へ連れてきたものが、ただの動物ではなかったと気づいた。彼は呪文を唱え、火、水、空気、大地をつかさどる精霊の名を呼んで、犬の正体を暴こうとする。しかし、どの精霊も犬の中にはいなかった。

そこでファウストは、相手が地獄から来た存在ではないかと考え、さらに強い術を使う。すると、プードルは象のように大きく膨れ、やがて霧となって消えていった。その霧の中から、旅をする学生のような姿をした男が現れる。

それが、メフィストフェレスだった。

ファウストが名前を尋ねると、メフィストフェレスは、自分を名前や外見だけで判断することに意味はないと答える。それでもファウストが正体を問うと、メフィストフェレスは、自分は「常に悪を望みながら、常に善を生み出す力の一部」だと名乗った。

さらに、自分はあらゆるものを否定する霊であり、生まれたものはすべて滅びる価値があると語る。罪や破壊、悪と呼ばれるものこそ、自分の本質だというのである。二人が話し終え、メフィストフェレスが帰ろうとすると、彼は書斎から出られないことに気づく。

入口の敷居には五芒星が描かれていた。プードルの姿で入ってきたときは、星の一角がきちんと閉じていなかったため通ることができた。しかし、悪魔は入ってきた場所からしか出られず、今はその印に阻まれていた。偶然にも、ファウストはメフィストフェレスを部屋に閉じ込めていたのである。

ファウストは、この機会を利用して悪魔から話を聞こうとする。メフィストフェレスは、しばらくその場に残り、精霊たちを呼び出して歌わせた。精霊たちの歌は、青空や星、ぶどう畑、島々など、美しく心地よい光景をファウストの前に浮かび上がらせる。その歌を聞くうちに、ファウストは眠りに落ちた。

メフィストフェレスは、その隙に一匹の鼠を呼び寄せる。鼠が敷居に描かれた五芒星の一角をかじると、印の力は失われた。こうしてメフィストフェレスは書斎を脱出した。

目を覚ましたファウストは、悪魔が本当に現れたのか、それともすべて夢だったのか分からず、再び自分は幻に欺かれたのではないかと疑った。

書斎(Studierzimmer)――②メフィストフェレスとの賭け

『ファウスト』メフィストフェレスとの賭け
メフィストフェレスとの賭け(出典 *3)

しばらくして、メフィストフェレスが再びファウストの書斎を訪れた。今度の彼は、赤い服に絹のマント、羽根飾りのついた帽子、長い剣という、華やかな貴族の若者の姿をしていた。メフィストフェレスはファウストにも同じような服を着せ、学問に閉じこもった生活を捨てて、外の世界へ出ようと誘う。

しかしファウストは、どのような服を着ても、この地上で生きる苦しみからは逃れられないと答えた。彼は、ただ遊ぶには年を取りすぎているが、あらゆる望みを捨てるにはまだ若い。何かを求めても満たされず、朝が来るたびに、今日も望みがかなわない一日が始まると感じていた。夜になっても安らぐことはできず、生きることそのものが重荷となっている。

メフィストフェレスは、そんなファウストを独りきりの書斎から連れ出し、世の中の楽しみを味わわせようとする。そして、自分が地上ではファウストの召使いとなり、彼の望むことを何でもすると申し出た。その代わり、死後の世界では、ファウストがメフィストフェレスに同じように仕えなければならない。

ファウストは、死後に何が起きるかには関心がないと答えた。自分の喜びも苦しみも、この地上から生まれる。まずこの世界での生が終わるのなら、その先に何があろうと構わないというのである。

メフィストフェレスは、ファウストに、まだ誰も見たことのないものを見せ、さまざまな喜びを与えると約束した。しかしファウストは、悪魔が与えられるような快楽によって、自分が本当に満たされるとは思っていなかった。

もし自分が安楽な寝台に横たわり、現状に満足することがあれば、その瞬間に自分は滅びてもよい。メフィストフェレスの甘い言葉に惑わされ、自分自身に満足するようなことがあれば、その日を最後の日としてもよいと語る。

そしてファウストは、メフィストフェレスに一つの賭けを持ちかけた。もし、心から満足できる瞬間に巡り合い、「とどまれ、おまえはこんなにも美しい」と語りかけるようなことがあれば、そのときはメフィストフェレスがファウストを捕らえ、滅ぼしてもよいというのである。

メフィストフェレスは、その条件を受け入れた。さらに彼は、約束を書面に残すよう求める。ファウストは、自分の言葉だけでは足りないのかと反発するが、最後には承諾した。

メフィストフェレスが求めたのは、普通のインクではなかった。ファウストは、自分の血で契約書に署名することになる。メフィストフェレスは、「血はまったく特別な液体だ」と語った。

契約を交わしたファウストは、もはや静かな幸福や単純な快楽を求めているのではないと説明する。喜びだけでなく、苦痛も、成功も失敗も、愛も憎しみも、人間に与えられたあらゆる経験を、自分自身の中で味わいたい。人間の最も高いものと最も低いものをすべて引き受け、最後には人間と同じように破滅しても構わないと考えていた。

メフィストフェレスは、人間一人の力で、人類すべての経験を味わい尽くすことなどできないと忠告する。それでもファウストは、「私はそれを望む」と言い切った。

二人が出かける準備をしていると、一人の学生がファウストを訪ねてきた。ファウストは学生に会う気になれなかったため、メフィストフェレスが彼の長衣と帽子を身につけ、ファウストになりすまして応対することになった。

学生は、学問を修め、この世と天上のあらゆることを知りたいと希望に燃えていた。メフィストフェレスは、まず論理学を学ぶよう勧める。論理学によって自由な思考は型にはめられ、自然にできていたことさえ、決められた手順で行わなければならなくなると皮肉る。

続いて形而上学、法学、神学についても、難しい言葉と形式ばかりを並べ、学問の空虚さをあざ笑うような説明をする。

学生が医学について尋ねると、メフィストフェレスは、医学の本質は簡単だと答えた。結局、人は学べることしか学べず、最後は成り行きに任せるしかない。若く、自信を持って女性に近づけば、人々は医者を信用するだろうと、いい加減な助言をする。学生は、その言葉をすっかりありがたがった。

帰り際、学生は記念帳に一言書いてほしいと頼む。メフィストフェレスは、聖書の蛇の言葉である、

「おまえたちは神のようになり、善と悪を知るだろう」

というラテン語の言葉を書きつけた。学生が去ると、ファウストが戻ってくる。

メフィストフェレスは、まず身近な世界を見て、その後で広い世界へ向かおうと言う。ファウストは、長年学問の世界に閉じこもっていたため、人々の中でどう振る舞えばよいのか分からないと不安を口にした。しかしメフィストフェレスは、自信さえ持てば、すぐに生き方を覚えられると励ます。

二人は馬車を用意するのではなく、メフィストフェレスのマントに乗り、空を飛んで書斎を後にすることになった。こうしてファウストは、長年閉じこもっていた学問の世界から離れ、メフィストフェレスとともに新しい人生へ踏み出した。

ライプツィヒのアウアーバッハス・ケラー(Auerbachs Keller in Leipzig)

『ファウスト』アウアーバッハス・ケラー
アウアーバッハス・ケラーにて(出典 *4)

ファウストとメフィストフェレスは、ライプツィヒにある酒場アウアーバッハス・ケラーへやって来た。店内では、フロッシュ、ブランダー、ジーベル、アルトマイヤーという男たちが酒を飲み、歌を歌いながら騒いでいた。互いにからかい合い、下品な冗談を飛ばし、政治や恋愛の歌を肴に盛り上がっている。

メフィストフェレスは、まずファウストをこのような陽気な人々の中へ連れてきたのだった。彼らは深く物事を考えず、酒さえあれば毎日を楽しく過ごしている。メフィストフェレスは、その姿をファウストに見せ、人生とは簡単なものだと教えようとする。

しかし、ファウストは彼らの騒ぎに加わることなく、黙って様子を見ていた。男たちは、見慣れない二人に気づく。メフィストフェレスは巧みに話を合わせ、彼らの警戒を解いていった。

やがて男たちに歌を求められると、メフィストフェレスは、ある王が一匹の大きなノミを息子のようにかわいがり、立派な服を着せて大臣に取り立てたという歌を歌う。

ノミの仲間たちまで宮廷で高い地位につき、王妃や侍女たちは刺されても、ノミをつぶすことを許されなかった。歌の最後では、自分たちなら刺してくるノミをすぐにつかまえ、息の根を止めてしまうと歌われる。男たちは大いに喜び、自由と酒をたたえた。

するとメフィストフェレスは、この店の酒はあまり上等ではないと言い、自分がもっとよい酒を振る舞おうと申し出る。彼は錐を持ってこさせ、男たち一人ひとりに、どの酒を飲みたいか尋ねた。男たちはそれぞれ好みの酒を注文する。

メフィストフェレスは、酒樽ではなく、目の前にある木のテーブルへ穴を開けた。そして呪文を唱え、穴に詰めた栓を抜くよう男たちに命じる。栓を抜くと、それぞれの穴から、男たちが注文した酒が流れ出した。男たちは驚きながらも大喜びし、何度も酒を注いでは飲み続けた。メフィストフェレスは、酒を床へこぼさないよう注意する。

ファウストは、すでにこの場を去りたくなっていた。しかしメフィストフェレスは、もう少し待てば、酔った人間の本性が現れると言って引き留める。

そのとき、ジーベルが誤って酒を床へこぼした。すると、こぼれた酒はたちまち炎となって燃え上がる。メフィストフェレスが炎を鎮めると、男たちは、自分たちが魔術でからかわれたのだと気づいて怒り出した。

さらにアルトマイヤーがテーブルの栓を抜くと、今度はそこからも炎が噴き出す。男たちは短剣を抜き、メフィストフェレスに襲いかかった。するとメフィストフェレスは呪文を唱え、彼らに幻を見せた。

男たちの目には、酒場が美しいぶどう畑へ変わったように映った。目の前には、たわわに実ったぶどうの房が下がっている。彼らは、そのぶどうをつかもうとする。だが実際には、それぞれが仲間の鼻をつかみ、短剣で切り落とそうとしていた。

メフィストフェレスが幻を解くと、男たちは自分たちが何をしていたのかに気づき、慌てて手を離した。その隙に、メフィストフェレスはファウストを連れて姿を消した。

あとに残された男たちは、何が起きたのか理解できないまま、二人が突然消えたことに驚いていた。

魔女の厨(Hexenküche)

『ファウスト』魔女の厨
魔女の厨(出典 *5)

ファウストとメフィストフェレスは、魔女の住む奇妙な部屋へやって来た。低いかまどの上では、大きな釜が火にかけられている。立ちのぼる湯気の中には、さまざまな姿が浮かんでは消えていた。

釜のそばでは雌の猿が泡をすくい、吹きこぼれないように見張っている。雄の猿と子猿たちは、そのそばで火にあたっていた。壁や天井には、用途の分からない魔法の道具が並んでいた。ファウストは、この狂気じみた光景に嫌悪感を示す。

メフィストフェレスは、魔女の薬を飲めば、ファウストの体から三十年ほどの年齢を取り除けると説明していた。しかしファウストは、年老いた女が汚れた釜で作る薬に頼るしかないのかと失望する。

するとメフィストフェレスは、若返るための自然な方法もあると教える。人里離れた場所で畑を耕し、質素な食事をとり、家畜とともに暮らし、自分で畑に肥料をまく。そのような生活を続ければ、八十歳になっても若さを保てるというのである。しかしファウストは、自分に農作業は向いていないと答えた。

魔女が戻ってくるまでの間、メフィストフェレスは猿たちをからかって遊ぶ。猿たちは冠をかぶり、世界を表す球を手にして、意味の通らない言葉を交わしている。

一方、ファウストは部屋に置かれた魔法の鏡に目を留めた。鏡の中には、寝台に横たわる美しい女性の姿が映っていた。ファウストはその美しさに魅了され、もっと近くで見たいと鏡に近づいていく。しかし、近づくとかえって像はぼやけ、遠ざかると再び美しく見えた。ファウストは、この世にこれほど美しい女性が本当にいるのかと驚き、鏡から目を離せなくなる。

そこへ魔女が帰ってきた。魔女は見知らぬ者たちが部屋にいることに激怒し、穴杓子を釜に突っ込むと、ファウストたちに炎をはねかける。メフィストフェレスも、手にしていた道具で壺や瓶を打ち壊し、部屋は大騒ぎとなった。

やがてメフィストフェレスが自分の正体を明かすと、魔女はようやく彼が主人であることに気づく。魔女は、角も尻尾もなく、片足も隠しているメフィストフェレスを見分けられなかったのだった。メフィストフェレスは、悪魔も時代に合わせて姿を変えなければならないのだと答える。

彼は魔女に、ファウストを若返らせる薬を用意するよう命じた。魔女は薬を飲ませる前に、床へ円を描き、奇妙な道具を並べ、猿たちに松明を持たせる。そして大きな本を開き、意味の分からない数の呪文を唱え始めた。

ファウストは、その儀式を馬鹿げた芝居としか思えず、嫌悪感をあらわにする。しかしメフィストフェレスは、医者が薬を効かせるために行うまじないのようなものだと笑い、ファウストを円の中へ押し入れた。

儀式を終えた魔女は、薬を杯へ注ぐ。ファウストが口をつけると、杯から小さな炎が上がった。ファウストは一瞬ためらうが、メフィストフェレスに促され、薬を一気に飲み干す。

薬の力を体中に行き渡らせるため、メフィストフェレスは、すぐに外へ出て汗をかかなければならないと言う。そして、やがてファウストの中で恋の欲望が目覚めるだろうとほのめかす。ファウストは立ち去る前に、もう一度鏡の中の女性を見たいと願った。

しかしメフィストフェレスは、間もなくファウストの目の前に、あらゆる女性の理想ともいうべき姿が現れると告げる。そしてひそかに、薬を飲んだファウストには、これからどの女性も絶世の美女ヘレネーのように見えるだろうと語った。

<後編につづく>

蚤の歌について

アウアーバッハス・ケラーで、メフィストフェレスが歌う「蚤の歌」ですが、「Es war einmal ein König, Der hatt’ einen großen Floh(昔、王様が大きな蚤を飼っていた)」で始まります。この詩には複数の作曲家が曲をつけており、特に知られているのが、ベートーヴェンの「ゲーテの『ファウスト』より蚤の歌」と、ムソルグスキーの「蚤の歌」です。

ムソルグスキー版は、日本語では「むかし王様、のみを飼い」という歌詞で知られています。小学校の音楽の時間に聞いたことがある、という方もいるのではないでしょうか。

おすすめの書籍

この記事を読んで『ファウスト』全編を読みたくなった方は、ぜひ文庫でお求めください。Amazonや楽天で購入できます。

生の意義を把握するためとあらば悪魔に魂を売りわたすことも辞さぬファウストにとって自己救済はいかにして可能だったか。ーーゲーテ(一七四九ー一八三二)は若くしてこの大作を書きはじめ、完成までにほとんど全生涯を費した。そして脱稿のあと「私の今後の生活は全くの贈物のような気がする」といって深い悦びを語ったという。
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まいん
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第一部前編はここまでです。後編では、若返ったファウストがグレートヒェンと出会い、物語が大きく動き始めます。二人の恋と、その先に待つ悲劇を紹介します。

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画像出典:
*1 By Wikimedia: Foto H.-P.Haack, CC BY-SA 3.0, Link
*2 By Engelbert Seibertz – Cotta’scher Verlag. Stuttgart & Tübingen, 1854Älter als 100 Jahre, daher gemeinfrei., CC0, Link
*3 By Engelbert Seibertz – Cotta’scher Verlag. Stuttgart & Tübingen, 1854Älter als 100 Jahre, daher gemeinfrei., CC0, Link

*4 By Engelbert Seibertz – Cotta’scher Verlag. Stuttgart & Tübingen, 1854Älter als 100 Jahre, daher gemeinfrei., CC0, Link
*5 By Engelbert Seibertz – Cotta’scher Verlag. Stuttgart & Tübingen, 1854Älter als 100 Jahre, daher gemeinfrei., CC0, Link

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